第123話 こだわる者

 例えば、と前置いてはいたが、薔薇子の言葉には冗談を話している気配が全くない。彼女は本気で『設計士』の求めるものが『狂気』であり、『スリル』であり、『リアリティ』だと考えているようだ。

 

「ちょ、ちょっと待ってくださいよ、薔薇子さん」


 そう高松が話を止める。


「何だい、高松くん」


 薔薇子が聞き返すと、高松は思考を巡らせようと必死に自分のこめかみを、右手の人差し指で叩いた。


「狂気やスリルは・・・・・・罪と見合っている利益とは思えませんが、世の中に『愉快犯』という言葉がある以上、納得できます。理解はできませんけど・・・・・・でもリアリティって何ですか? 誰が事件にリアリティを求めるんです? 一体どんな人が・・・・・・」


 高松の中で、これまで得てきた情報が繋がりそうになる。バラバラだった点と点が線になり、何かの図形を表し始める。そんな予感がしていた。

 その予感は決して心地のいいものではなく、背筋がスッと冷たくなるような、悪寒であった。

 問いかけられた薔薇子は、少し間を置いて、落ち着いた様子で答える。


「そもそも罪に見合う利益などないのだよ、高松くん。報酬を得て犯罪に加担、それも殺人事件となれば最低でも無期懲役以上の罰が与えられる。つまり、得ようとしている何かに対してベットされているのは、『設計士』の人生そのもの。未来の全て。もう少し、この式を簡単にしようか。『設計士』は自らの人生を賭けて、『リアリティ』を得ようとしている」


 いよいよ薔薇子の『例えば』から狂気やスリルが消えた。やはり彼女の本命は『リアリティ』だったようだ。


「人生を賭けて・・・・・・リアリティを? 考えられませんよ、そんなの。だって、そうでしょ。悲しいことですけど、世界中で年中無休、二十四時間事件は起き続けているんです。そのニュースはほぼリアルタイムでネット上に書き込まれている。わざわざ事件に片足、いや片足どころか肩まで浸からなくたって、いくらでもリアルな情報を得られるはずです」

「何を素っ頓狂なことを言っているんだい、高松くん。リアルな情報とリアリティは大きく違うよ。そうだね、蟹と蟹風蒲鉾くらいに。どれだけ寄せても、白身魚から作られている事実は変わらない。結局、蟹ではないのさ」


 そう言いながら薔薇子は両手でチョキの形を作り、蟹のような動きをして見せる。

 動き自体はふざけているのだが、彼女の表情は真剣そのものだった。


「でも」


 と、高松が言い寄る。


「俺は蟹風蒲鉾も美味しいと思います!」

「一体、何の話をしているんだい、高松くん。それは喩えだ。まぁ確かに、一般家庭の消費者が蟹玉を食べたいと考えた時、蟹の代わりに蟹風蒲鉾を使ったとしよう。食後の満足感に大きな違いはないのかもしれないね。けど、こだわりを持つ者もいる、ということさ。高級中華料理店の料理長が、蟹玉を作るのに蟹風蒲鉾を使うわけにはいかないだろう? 模造品ではない、自分が事件に関与し、得られるリアリティ。それこそが旨味をたっぷりと含んだ新鮮な蟹というわけだよ、高松くん。世の中には『こだわる者』がいる。さっきそんな話を私としたはずだ」

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