第122話 阿部市のモリアーティ

 薔薇子の話は、六年前に起きた事件の闇へと進む。

 彼女は既に逮捕され、服役している露草を『実行犯』と呼んだ。つまり『設計士』とは、雲雀山 春宵の別荘を燃やし、雲雀山 春宵自身を殺そうとした人物である。露草の犯行動機や、他の事件と見比べた時の違和感を加味すると、背後にいる『設計士』が露草に指示を出し、確実に住民を殺すための燃やし方をさせた、と考えられる。


「設計士・・・・・・黒幕がいる、ということですか?」


 高松が聞き返すと、薔薇子は小さく頷いた。


「と、私は考えている。ここからは荒唐無稽さが更に増すけれど、それこそ『私が阿部市で探偵を続けている理由』に繋がる重要な一幕だ。キミがどんな感想を持つかは自由だけれど、ともかく話を聞いてほしい」

「わかりました」


 高松の承認を得ると、彼女は膝の上で文庫本を開くような素振りをする。何をしているのか、と高松が覗き込もうとした。だが、それよりも先に薔薇子の話が始まる。


「それこそ小説のような話さ。例えば、シャーロック・ホームズシリーズには『犯罪卿』『犯罪界のナポレオン』などの異名を持つ登場人物がいる。『彼』は高名な数学者という表の顔を持つ。だが裏では自分の手を汚さず、犯罪計画と裏社会のコネクションを『実行犯』に提供し、誰も思いつかないような手口の犯罪で民衆の命を奪い、生活を脅かし、絶大な富と権力を得ようとしていた」

「確か、ジェームズ・モリアーティ・・・・・・でしたっけ」

「流石に高松くんでも、ホームズくらいは知っていたか。失敬、少し侮っていたようだ」


 褒められているようで褒められていない言葉に苦笑しつつ、高松は引き続き薔薇子の話を聞く。


「ジェームズ・モリアーティの裏の仕事を『犯罪者顧問』だとか、『犯罪コンサルタント』だとか表現することがある。『犯罪自体を売る』仕事だ。心に闇を抱え、今にも割れてしまいそうな風船みたいになってしまっている者に近づき、犯罪計画とコネクションを提供する。私はね、高松くん。この阿部市にもジェームズ・モリアーティがいると考えているのさ」

「阿部市にモリアーティが? それは確かに荒唐無稽な話ですね。本物のモリアーティだって、イギリスの大都市に居たわけじゃないですか。山口県の県庁所在地でもない場所で、犯罪者顧問をして、絶大な富と権力を得られるとは思えないですし」

「そこは本物のモリアーティ教授とは違う点だね。『設計士』は富や権力以外のものを得ようとしている。例えば・・・・・・『狂気』とか『スリル』とか、あとは『リアリティ』とか」

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