第121話 盲目は毒

「でも、犯人は・・・・・・」


 露草なんですよね、と高松は言いかけて言葉を止める。これでは話が堂々巡りだ。感傷的な夜に、環状線を走り続ける車と同じである。目的地などないのだから、どこに辿り着くこともない。

 けれど、薔薇子にとって高松の言葉を先読みすることなど、国語の授業で音読するようなものだ。答えは目の前に、振り仮名と注釈付きで書かれている。


「露草だよ、犯人は。それは間違いない。そう、『実行犯』はね」

「実行犯・・・・・・」


 聞き馴染みのない言葉が耳に入ってくると、高松は繰り返す癖があるようだ。彼にとって言葉の咀嚼に必要な工程なのだろう。オウムのような返しに、薔薇子は力の抜けた笑みを溢す。


「どこまでも真剣に話を聞いてくれるんだな、高松くんは」

「え?」

「もう六年も前の、解決した事件の話だよ。それを私はひっくり返そうとしている。警察も含めて、ほとんどの人間が被害者の妄想だと嘲笑うような話さ。ゴシップよりも人を選ぶ、都市伝説のようなものだよ。それをキミは、一つ一つの言葉すら聞き逃さない姿勢で聞いてくれる。それはね、高松くん。異常自体なんだよ」


 確かに『この手』の都市伝説的な話は、世界中で絶えない。あの事件の裏側だとか、あの事故の背景にはだとか、事件や事故にドラマティックな噂はつきものだ。そして噂は人の口を経て、脚色され、何が真実かわからなくなる。その上、人は『真実性』よりも『ドラマ性』に惹かれるものである。

 二つの似た話を聞いた時、他の誰かに話すのは『面白そうな方』だ。

 六年前の事件は解決している。六年前の事件には裏がある。この二つが並んでいる時、都市伝説的な噂になり得るのは後者だ。

 その理論は高松にも理解できる。だが、彼は不可思議なことを問われているように首を傾げた。


「だって、薔薇子さんは真実しか話さないじゃないですか。自分の心を抉るような過去を含む嘘を吐いても、何の利益もない」

「もしかすると、私が『自分の瘡蓋を剥がすことを趣味としている妄想女』かもしれないじゃないか。盲目は危険だよ、高松くん。王隠堂 薔薇子だから正しい、という考え方は毒だ」

「俺は俺の信じたい人を信じるんです。そんで薔薇子さんが間違えた時は、一緒に謝る。間違えていると俺でもわかるのに、薔薇子さんが自分の間違いを認められず、進み続けた時は俺が止めます。だから『間違えないで下さい』よ」

「ははっ、ふふふ。キミは随分と厳しいことを言うんだな、高松くん。いや、正しい。正しいよ。そうだ、『探偵は間違えてはいけない』んだ。それだけの話だったね。わざわざ、話を止めてまでする忠告でもない。この先もその心算で聞いてくれ。『実行犯』露草の裏にいる『設計士』の話だ」

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