第120話 他の放火

 つまり、六年前に雲雀山 春宵の別荘を燃やした犯人、露草は『的確すぎる』という話だ。

 どうすれば住民が逃げられないか、と考え的確に着火している。突発的な反抗にしては、サービス満点だ。その丁寧さは、さながら百貨店の化粧品売り場の如くである。相手の肌質に合わせ、メイク方法を教え、笑顔を崩さず、アフターサービスも行う。それくらいの手厚さが感じられる犯行。

 客が化粧品を買わざるを得ない接客のように、住民が死に至らざるを得ない犯行をしている。

 

「ちょ、ちょっと待ってください」


 話自体は理解できているが、頭がこんがらがり始め、高松は言葉を挟んだ。

 

「六年前に犯人と断定され、逮捕されて、今も服役している人がいるんですよね? 取り調べも裁判も終えた『犯人』が。薔薇子さんの話は、それが誤認逮捕だったって言いたいんですか?」


 高松が疑問を呈すると、薔薇子はそれを一蹴するように首を横に振る。


「いいや、露草の犯行は間違いないよ。間違いなくこの場所を燃やしたのは、露草だ」

「じゃあ、どうして薔薇子さんは露草の犯行に疑問を持っているような話を?」

「高松くん、『この私』が疑問程度でこんな話をすると思うのかい?」


 思わない。思わないからこそ、高松は疑問に思っているのだ。


「それじゃあ、矛盾してるじゃないですか。犯人は露草というフリーター。警察も裁判所も薔薇子さんもそう断定している。真実は明らかでしょう」

「青臭いことを言わせないでくれよ、高松くん。露草が放火犯というのは『事実』だ。だが、『真実』じゃあない。探偵は事実と真実を履き違えてはならない。これはそういう話だよ。まぁ、聞きたまえ」


 薔薇子は諭すように言ってから、話を続ける。


「この場所に火を放ったのは露草 峰央。これは一つの『事実』だ。警察の捜査を経て、裁判所が罪を断定し、罰を下した。露草はそれを償い続けている。罪に対して罰がどうとか、倫理的な話は、とりあえず窓の外に放り投げ、帰りに拾うといい。ともかく、これが事実だ。証拠も揃っている。露草も最終的には連続放火を認めている。だが、この六件目の犯行だけが、念入りすぎるのさ」

「念入りすぎる?」

「露草の犯行は全部で七件。この場所の前に五件、この場所の後に一件の放火を行なっている。だが、この場所を除いた六件全てが、場当たり的な犯行。被害者総数は十五名。その内、亡くなったのは、逃げ遅れた三名だ。わかるかい、高松くん。半数以上が逃げられる放火だったのさ。目的は『命を奪うこと』じゃあない。『放火』自体が目的だった」


 露草の犯行動機は『他者を不幸にすること』だ。シャーデンフロイデ、他者を引き摺り下ろした時の快感を得るため、である。シャーデンフロイデを効率的に得るためには、いくつか条件があり、その中に『相手の生死に関わらない不幸』というものがある。

 とどのつまり、人の死は事実として重すぎるため、通常の人間であれば、相手の不幸として喜べない、ということだ。

 露草の目的が『殺人』ではないことを『他の六件』が証明している。それなのに、雲雀山 春宵の別荘だけは、『確実に殺すための放火』だった。

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