第119話 シャーデンフロイデ

「さて、話を戻そうか」


 尊敬し、敬愛する父についてこれ以上話すのが照れくさいのか、薔薇子は『探偵』高松の言葉の続きを催促した。

 まだ、話は途中である。


「どこまで話しましたっけ?」


 寄り道の多い会話の中で高松は、自分がどこまで話したのか失念しかかっていた。

 現在は、高松が薔薇子についてどこまで知っているのか、という話と『六年前』についての説明を聞く時間である。

 高松の間の抜けた疑問に対して、薔薇子は呆れる様子もなく、淡々と「今は私の話だよ」と答えた。今は傷ともいうべき薔薇子の過去、『六年前』について説明を受けている途中である。


「いいかい、高松くん。探偵の仕事に不可欠なのは、必要なピースを集めること。そしてパズルを完成させることだ。まぁ、私には『必要なピースを集める』作業に決定的な弱点がある。忌憚のない言葉で言うのならば、歩き回ることができない、ということだ。だから私は、警察であろうとその場にいた目撃者であろうと、必要ならば巻き込む。それが最善手だからだよ。今、キミがすべきことは、私の話を聞き、自分なりに答えを出すこと。まずは聞きたまえ」


 薔薇子は探偵のイロハでも教えるように、高松に説明した。いや、実際にこれは探偵のイロハなのだろう。もしかするとホヘトまで進んでいるかもしれない。しかし、それは高松を侮ってのことではない。高松ならば理解できる、という判断の元、自分なりの言葉で伝えているのだ。

 わかりやすく言えば、高松が成長することへの期待である。


「・・・・・・俺の疑問は、薔薇子さんが失った『復讐』とは何か。そして、『その事件後、薔薇子さんが父さんと話したこと』がどう繋がってくるのか、です。それについて、教えてもらえますか?」


 意を決して高松は、勢いよく話を進める。

 あまりにも真っ直ぐな疑問に薔薇子は面食いながらも、それもまた高松らしい、と微笑んで受け入れた。

 その実直さは『あの頃』から変わらないな、と嬉しく思う気持ちすら彼女の中に芽生える。


「順を追って、と言いつつ横道に逸れるのは私の欠点だな」


 薔薇子は自分の性質を自省しつつ、どこか寂しげな表情を浮かべた。


「私の父、王隠堂 春蘭も、余計な話が多かったよ。一つの疑問を投げかけると、そこから派生した雑学や知識を広げていく。おかげで私は、生きていくのに不可欠な知識を得た。不必要と思える知識も多かったが、『探偵』となった今は感謝している。これもまた『似ている』箇所なのかもしれないね」


 そう言ってから彼女は、唐突に話を戻す。


「菊川刑事が私の病室に通い始めて一週間ほど経った頃だろうか。私は『事件解決』の報せを聞いた。過去の新聞や、ネットニュースを遡ればわかることだが、その当時阿部市内では『放火犯』による連続放火事件が発生していてね。雲雀山 春宵別荘放火事件も、その一つだと断定された。もう少し詳しく説明するのであれば、六件目。連続放火事件が発生し始めて、六件目の事件が『それ』だったのさ。犯人断定に至ったのは、私の証言だったよ」

「薔薇子さんの証言? でも記憶にはない、って」

「そこは菊川刑事の根性としつこさに救われて、だね。話を繰り返すことで、私は焔に焼かれてしまった記憶の消し炭の中から、失われた記憶を取り戻した。焔に囲まれる直前、自室の窓から奇妙な人影を見た、というものだ。使用人でも出入りの業者でもない、編集者でも友人でもない、人影をね。そして、一度取り戻した記憶は、一度もなくしていない記憶よりも鮮明だった。その人影の情報から犯人特定に至り、事件発生から十日で犯人は逮捕された」


 結果として、六年前の事件は薔薇子の証言によって解決した。彼女は納得していないようだが、薔薇子が『犯人を特定した』と言ってもいいだろう。どの程度の罰を下せば『復讐』たり得るのか、想像もつかないが、薔薇子が犯人を特定したのは『復讐』と言ってもいいだろう。

 それでも、彼女は納得していないように見える。


「俺にはわからないことだらけですけど、薔薇子さんの記憶によって犯人が捕まったなら、『復讐』と言ってもいいんじゃないですか?」


 高松がそう言うと、薔薇子は首を横に振った。


「犯人の名前は露草 峰央。後から聞いた話だが、自分の未来に絶望したフリーターだったらしい。絶望とは病だ。そのほかの全てが見えなくなる、重い病。露草の動機は幸せそうな家庭を、手当たり次第に燃やし、無くしたかった、と。そう供述していた。その当時の私は、それこそ喪失感に支配されていてね、ある程度納得した。絶望という病は『他人を巻き込む』性質がある。『シャーデンフロイデ』他者の不幸や苦しみによって、幸福感を得るという言葉がある。露草の犯行は、それによるものだ、と考えていた。確かに王隠堂家は、周りから見ても幸せに見えていただろう。私自身、不幸だと感じたことは特にない」


 世の中には理不尽な事件などいくらでもある。だが、高松が納得できるものではなかった。

 理不尽が受け入れられていいはずがない。青臭いが、彼なりの答えだ。


「しかし」


 薔薇子はそう話を続ける。


「あまりにも的確すぎたのだよ。前提として、王隠堂家と露草にはなんの関係もない。露草も『目についた幸せそうな家庭を燃やした』と供述している。けれど、それでは納得できない部分が大きかった。話は少しズレるが、あまりにも証拠が揃いすぎているため、警察では露草を犯人と断定し、逮捕。今、露草はその罪を背負い罰を受けている。しかし、その手口はあまりにも洗練されていたのさ」

「洗練?」

「まず、火の元。露草が最初に火を放ったのは、紙の資料や本が多く、燃えやすい書斎の近く。その次に、ガスの近く。そして家の周囲にガソリンを撒き、逃げ道を塞いだ。どうだい? 高松くんにもわかるだろう。これは突発的な犯行じゃあない。確実に王隠堂家を絶やすための、計画的な犯行だ。そして、この計画は王隠堂家を知り尽くした者の助力なしには成せない」

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