第126話 発情

 言葉として正しいとは言えなかったが、その意味は薔薇子にも過不足なく伝わった。

 とどのつまり、薔薇子が『設計士』を特定の何者かに当たりをつけている、という話だ。

 高松の推理に思わず薔薇子は驚いてしまう。


「ははっ、思っていたよりも『探偵高松くん』は優秀なようだ。これは嬉しい予想外だよ。ケーキやシャンパンの中に指輪が入っていたよりも、ね。キミはこう言いたいわけだな? 『設計士が誰なのか、教えろ』と」


 肯定をわかりやすく示すため、高松は頷いた。


「確証はないんですよね。それでも、薔薇子さんは確信しているような気がしたんです」

「断定に至る証拠はない。全ては状況証拠だよ。それでも、高松くんの言うように私は確信している」


 薔薇子はそう話してから、右手に力を入れて体を支え、ベッドから立ち上がる。不安定に見える彼女の動きに高松は手を差し伸べると、薔薇子は素直に高松の手を取った。


「ありがとう、高松くん。キミの手は温かいな。思わず脈が早くなるよ。ああ、せっかくだからロマンティックに言い直してあげよう。自覚するよ、自らの性的よっきゅ」

「どこがロマンティックなんですか。何言ってるんですか」

「ふむ? 『発情する』の方が良かったかな?」

「薔薇子さんは『ロマンティック』が何かを学んだ方がいいと思います」


 心の底から不思議そうにする薔薇子に対し、高松はため息を吐いてから「それで、誰なんですか」と問いかける。

 立ち上がったばかりの薔薇子は、不要な疑問を頭の中から追い出して話を進めた。


「いいかい、高松くん。『設計士』は恐ろしく頭が回る。ここ十年の阿部市内で起きた事件を全て調べたが、犯人不明になっている事件が幾つもあった。つまり『迷宮入り』さ。そのどれもが、巧妙な手口でね。おそらく、それらの事件には『設計士』が絡んでいる。まぁ、私が現場にいれば解決できただろうけどね。それでも、『設計士』は優秀な『犯罪者』だ」

「優秀な犯罪者・・・・・・」

「そうだ。警察を欺けるほどには、ね。そして動機は・・・・・・先ほど話した通りだよ」


 設計士の動機は『リアリティ』だと薔薇子は考えている。いや、確信している。その正体が『小説家』だとも。

 それを前提に話は進む。


「いいかい、高松くん。私の父を殺すためには、幾つかの情報が必要になる。父の在宅時間、家の間取り、父が居る場所。そんなものをどうやって手に入れたと思う?」


 突然の質問に、高松は少し混乱した。自分にわかるはずがない。

 これはゲームによくある『負けイベント』のようなものだ。わからない、という答えを得るための問いである。

 しかし、高松は愚直に考えた。


「薔薇子さんのお父さんについて、どうやって情報を得たか・・・・・・『普通の探偵』を雇って・・・・・・いや、そんなことをすれば依頼した事実が残る。一番安全なのは信頼した誰かに頼むこと。違う。自分で調べること・・・・・・でも、そんなのリスクが高すぎる」


 薔薇子は自らの想像を超えて思考する高松に、驚きながらも感心する。何よりも思考の方向性が正しいことに。


「自転車には乗るかい? 高松くん」

「え、ええ」

「自転車の速度は、一般的なシティサイクルで二十キロメートル毎時。速さを求めたロードバイクだと七十キロメートル毎時を超える。さて、危険だろうか?」

「そりゃあ、速ければ速いほど危険に決まってます」

「いいや、そうじゃあないよ、高松くん。自転車は速度を出すほどに安定するのさ。もちろん、車体の安定に限った話だけどね。街中で速度を出すのはお勧めできない。つまり、だ。一見危険なように思えることが安全だってこともあるのさ。『設計士』もそう考えたのかもしれない。もしかすると、そのギリギリで『取材』していた可能性もある」

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