第117話 あの時の刑事
薔薇子にとっては記憶の彼方、もしくは意識の隣人。あえて意識しているわけではないが、忘れられるはずのない映像。それらを彼女は言葉にしていく。
「その刑事はね、随分と辛そうな顔をしていたよ。黒革の手帳を握りつぶしそうな、そんな顔をね」
黒革の手帳。そう聞いた瞬間、高松は自分の父、菊川警部を思い浮かべてしまった。だが、すぐにその考えは拭う。それほど世界が狭いはずがない、と。
気づきによる緊張、払拭による緩和。高松の表情から彼の考えを読み取った薔薇子は、これも『必要な情報』である、と判断し予定になかった話を挟む。
「高松くん、わかりやすいなキミは。そうだよ、その刑事は今や警部となっている。ああ、齟齬のないよう説明するが、警部も刑事だ。刑事とは犯罪捜査を専門とする警察官の俗称。警部は階級の一つだよ。下から巡査、巡査部長、警部補、警部、警視。当時、その刑事は警部補だった。今は警部。そう、菊川警部のことさ」
世界は狭い、というよりも繋がっている。高松はそう感じた。
薔薇子と菊川警部の関係性が『特別』に感じられたのは、そういった理由だったのか、と納得すら覚える。
「父さんが六年前の事件を・・・・・・」
「そう、有体に言えば担当刑事だった。前にも言ったが菊川警部は『良い警察官』だよ。『どうして片足を失い、父を失った中学生の女の子に事件の話をさせなければならないのか』と苦悩しながらも、私の話を聞いた。私自身、事件の話をすることに苦痛がなかったと言えば嘘になる。けれど、『吐き出す』という意味では、発散にもなっていた」
薔薇子自ら、『焔の記憶』と題したのだ。苦痛に決まっている。それこそ身を焼くような痛みが、記憶に付随しているはずだ。
そんな薔薇子の覚悟を無駄にしないよう、高松は真剣に話を聞く。一言一句、聞き漏らさないために。
「でも、薔薇子さんの記憶はさっき聞いた話の通りですよね? 家が燃え、お父さんが迎えに来た、って。それ以外にも何かあるんですか?」
「キミにしては珍しく、良い質問だね、高松くん。事件に向き合う姿勢として、『何もない』を受け入れてはならない。探偵も警察もね。菊川『刑事』の仕事は、何か一つでも私から情報を聞き出すことだった。同じ話を幾十、幾百と重ね、犯人の手がかりとなる情報を聞き出す。言っただろう? 彼は『良い警察官』だよ。『何をしてでも事件を解決する』という気概は、あの頃から変わっていないようだしね。『中学生の女の子』が泣きながら、嗚咽し、吐き出す言葉を彼は聞き続けた。『無理に話さなくてもいい』なんて言いながら、ぎこちない優しい表情を作って、ね」
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