第115話 焔の記憶、氷の身体

 何重にも鎖を巻いた記憶の箱を、一つずつ苦しみながら開けるように薔薇子は話す。

 彼女の過去に興味を持ち、知りたいと願った高松だが、『真実を知る重み』を実感していた。人が意識的に蓋をした『何か』を知ろうとする時、その痛みは必ず生じる。

 探偵とはその痛みを繰り返す。自ら、望んで。


「あの、薔薇子さん」


 思わず高松は彼女の名前を呼ぶ。すると薔薇子は、クスッとらしくない柔らかな笑みを浮かべた。


「厄介なものだな、『探偵』というものは」

「な、何がですか?」

「私には、キミが何を言おうとしたのかわかる。わかってしまう。高松くんの性格、思考、行動、予兆。そして現状。その全てを私の頭脳が、真実へと導いてしまうのさ。『無理して話さなくてもいいですよ』だろう? キミが言おうとしたのは」


 自分の言葉を予測された高松は、その正しさに口を閉じてしまう。今更、薔薇子が自分の言葉を先読みしようと驚きはしない。ただ、彼女が自分を気遣っているのだ、と理解し、このような状態の薔薇子に気遣わせてしまったことを自省しただけである。

 無理して話さなくていい。確かにそう言おうとした。だが、なんとしてでも、薔薇子の話を聞きたい、と願い高松はここまで来た。

 他人の助力を得て、自らの正義を疑い、行動の正誤と向き合い、痛みを背負い、重みを知り、ここまで来たのである。

 だが、それは薔薇子も同じだった。彼女は常に『六年前』と向き合い続けている。その痛みを背負い、熱さの中にいる。焔の記憶から、自らの意思で動かずにいた。

 それでも自分の意思で記憶に手を伸ばせば、新鮮な熱が彼女の精神を焼く。そんなことはわかっていた。わかっていながら、『高松が自分の元へ辿り着くよう』に仕向けたのである。

 今の高松に可能な推理のレベルに合わせ、梅原と片桐に『依頼』し、『彼が彼の意思で走り出した』という状況を作り上げた。

 高松も薔薇子も、痛みを負い、この場にいる。おそらくは、誰もが過去や現在、未来に痛みを負っている。痛みは特別なことではない。痛みに立ち向かう心が『特別』なのだ。


「大丈夫さ、高松くん」


 薔薇子の笑みは、いつも通りの傲慢で高慢で可憐なものへと変わっていた。


「聞きたい、とキミが望み、行動した。そして話す、と私が決めた。だから、聞いてくれるかい? そうだね、題名は『焔の記憶』もしくは『氷の身体』とでもしようか。私と父が居た別荘が放火され、私の父が命を落とした話だ。そして私は父と、右足を失った」


 やはりというべきか、話は王隠堂 春蘭の死に繋がる。死とは不安定で確実。不平等で平等。唐突で永遠。簡単な話ではない。

 それでも薔薇子は口を止めなかった。


「ついでに私は、一度死んだ。もちろん比喩だよ。何もかもを失った、と私は心を閉ざしてしまってね」

「何もかも・・・・・・お父さんと家と未来、ですか?」

「ふむ、キミは時に大胆だな。実に高松くんらしいともいえる。相手によっては、傷つけかねない言葉だよ、それは。だが、キミにとって必要な『情報』なのだろう。確かに、私はそれらを失った。その上、『復讐』すらも、ね」

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