第114話 六年前

 キミの推理は推理と呼べるものではなかったな、と。

 高松が絞り出した言葉に対して、薔薇子からの評価は、厳しいものだった。

 だが、彼女は満足そうに高松の右手を強く握る。


「つまり、キミは自分の矜持に従い、自らの行動のみによって私について知ろうとしたわけだね」


 薔薇子はそう言うと、手を離してから微笑んだ。


「随分と非効率的だね。だが、おそらくは、それがキミの良さでもある。私はどこまでいっても合理的に考える性質のようだからね。他人の気持ちを慮れる高松くんだからこそ、私に必要なんだよ」


 高松の推理に対する感想を追えると、薔薇子は一拍置いてから言葉を続ける。先ほど言っていた『昔話』についてだ。

 

「昔々の話。竹取の翁が光る竹を見つけるよりも後の話で、今朝の天気予報よりも前の話だ」

「・・・・・・薔薇子さんの部屋にテレビはないじゃないですか」

「例え話だよ、高松くん。正しくは、つい六年前の話だ」


 無理やりジョークを口にする薔薇子は、どこか『彼女らしくない』と感じてしまう。薔薇子なりに緊張をほぐそうとしている様子が窺えた。


「六年前」


 高松は頭の中に『雲雀山 春宵の死』を思い浮かべながら、薔薇子の言葉を繰り返す。

 六年前、阿部市で起きた事件。作家、雲雀山 春宵が執筆用としていた別荘で亡くなった事件だ。そして雲雀山 春宵の本名は王隠堂 春蘭。薔薇子の父である。

 事件の現場は今、高松がいるこの場。

 薔薇子は喉の渇きに抗いながら、話を続けた。


「あの日は、いつもと何も変わらぬ日だったよ。父はいつものように書斎に籠り、私は自室で本を読んでいた。執筆中の父は、自らが作り出した世界に没頭するタイプでね。話しかけても反応がない。そんな人だったよ。けれど、執筆中以外は優しく、そうだね、理想の父とはあのような人のことをいうのだろう。私は父の邪魔をしないよう、執筆中は本を読んで過ごす。そうしていると時間が流れ、いつの間にか仕事を終えた父が私を迎えにきてくれる。それが私たちの生活だった」


 王隠堂 春蘭との思い出を語る薔薇子の表情は、優しく懐かしげで、どこか悲しそうでもある。

 高松は頭の中で情報を整理しながら、相槌を打つのが精一杯だった。それでも薔薇子の話は続く。


「だが、あの日・・・・・・六年前のあの日以来、父は迎えに来ない。『最期』の迎えだったのさ。覚えているのは、真っ赤な光景と息苦しさ。周囲を囲む熱。作家の別荘ということもあり、資料や本が家中にあってね、火のまわりは早かったそうだ。いつもの優しげな表情とは違い、あの日の父は『必死の形相』で私を迎えにきたよ。『逃げろ』と叫んでいた父の言葉が、今も耳に残っている」

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