第113話 知的好奇心と握手

 もう少し細かく説明をするならば、高松は自分自身が薔薇子に選ばれた理由を理解していなかった。

 確かに王隠堂 薔薇子は片足が義足である。自分の足で動くのには限界がある。

 だが、都合上『足代わり』と表現するが、極論、それが高松である必要はない。そもそも、薔薇子は阿部市内でそれなりに捜査権と指揮権、立場を有している高松の父、菊川警部と『特別な関係性』を持っている。

 とどのつまり、足代わりになり得る人材は既にいるのだ。

 それでも、高松を選んだ。偶然『あの夜』に出会った、高松 駿を相棒として選んだのである。

 もう、高松はそれを『偶然』とは思っていなかった。


「俺が薔薇子さんに会いにきた理由を、改めて言葉にすると、『薔薇子さんがそう望んでいると思ったから』です。俺がインスタントな情報に頼らず、薔薇子さんの素性を暴き、この場所に来る。そう信じてくれていると。そのために、わざとらしく、資材を投げ打って、梅原書店の一角を買った。違いますか?」


 高松が問いかけると、心なしか薔薇子は満足げな表情を浮かべた。


「どうしてそう思うんだい?」

「だって、言ってたじゃないですか。薔薇子さんは『事件専門の探偵』だって。普通の・・・・・・浮気調査なんかをする探偵なら、看板も事務所も必要ですけど、薔薇子さんは『何らかの方法』で事件を嗅ぎつけ、現場に出る人です。おそらくは、自分の目で見たものしか信じないから。そんな人に事務所が必要だとは思えません。あんな・・・・・・いや、自分の職場を卑下するつもりはないですけど、書店の一角に事務所を持つことに意味はない。あれは、俺へのメッセージだったんですね」

「自意識過剰だな、高松くん。だが、概ね正解だよ」


 薔薇子はそう答えてから足を組み替える。


「私はね、高松くん。キミを試した。こう見えても私は客観的でね。私に欠けていることが何かくらい、わかっているつもりだ。そしてキミは私に欠けているものを持っている。自覚しているかどうかは、別問題としてね。だから、高松くんが私の想像通りの人間か、試させてもらったのさ」

「薔薇子さんに足りないもの?」


 彼女が完全無欠とは口が裂けても言えない。他人の心情を理解することを不得意としているし、その場の空気を読むという曖昧だが、生きていく上で必要な能力が欠けている。


「共感力と成長、さ」


 薔薇子はそう答え、先ほど差し出した右手を寂しげに震えさせた。そして言う。


「高松くん」

「はい?」

「私は、この右手をどうすればいい? 流石に私にも恥じらいはある。行き場のないこの右手は、ベッドの上にでも投げ出せばいいのかな?」


 そう言われ、高松はまだ自分の答えを出していなかった、と自覚する。


「すみません、俺は・・・・・・俺はまだ薔薇子さんについて知らないことが多い。今わかっているのは、薔薇子さんが俺を試してでも、必要としてくれたこと。『私をくれた』とか『俺らしい』とかわからないことはいくらでもある。けど、けれど、俺はもっと薔薇子さんのことが知りたい。薔薇子さんが『終わっていない』と確信している事件も、気になって仕方がない。望むところですよ!」


 高松は強く言い放ち、自分も右手を差し出す。二つの手が交わる直前、薔薇子は言葉を付け足した。


「もしも。もしもそれが茨の道でも、かな?」

「あー、でももう慣れちゃったんですよね。薔薇の痛みには。そんで、抗えないんですよ。薔薇子さんが言っていたように、知的好奇心ってやつに。だから、もう一度言います。望むところですよ!」


 人類史の話をしよう。これまで握手とは、ほとんどの場合、合意の合図として用いられてきた。だが、その歴史の中でこれほどまでに熱い握手があっただろうか。

 いや、あっただろう。国と国の未来を左右する握手など、この握手よりも重く、深く、熱い。けれど、高松の人生においては、過去も現在も未来も、全てを含めて熱く固い握手だった。

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