第111話 誰も彼も人間

「やはりキミは性急だな。よくいえば実直で最短だ。いきなり核心から入るのかい?」


 薔薇子は優しく笑いながら言う。

 焦りすぎたか、と高松は自省しつつ、心臓が落ち着くのを待って次の言葉に繋げた。


「さ、最初から・・・・・・初めて薔薇子さんにあった夜、俺は『雲雀山 春宵』という作家の名前を知りました」

「それまで、知らなかったのかい? キミは書店員だろう、高松くん」

「書店員は本を売る仕事で、読む仕事じゃないですよ」


 高松がそう答えると薔薇子は『自分が』と言いかける。だが、それと同時に高松も「自分が」と口にしたので、驚いて口を閉じた。


「自分が売っているものを理解していないというのに、平然としていられる気がしれないな。って薔薇子さんなら言うでしょうね」


 自分の言葉を予測、先回りされてしまった薔薇子は、静かに下唇を噛む。大きく表情を変えることはしないが、彼女なりに悔しさを表現しているのだろう。

 しかし、こんなことで『してやったり』と思えるほど、高松の心に余裕はない。まだ『探偵』高松 駿の推理は途中だ。


「確かに俺は書店員として、中途半端です。作家のことも作品のことも、自分が知っていることしか知りません。けど、『雲雀山 春宵』という作家のことを知らずにい続けるわけにはいかない。薔薇子さんと過ごした時間で、そう思ったんです」

「だが、キミは自ら調べようとはしなかった。だろう?」

「はい。薔薇子さんのプライベートを覗き見するようで、何か嫌だったんです」


 言いながら高松は、ポケットの携帯電話を取り出す。


「今はスマホ一つで、世界の裏側のニュースまで知ることができるじゃないですか。『雲雀山 春宵』ほどの作家にまつわる情報なら、簡単に調べられる。でも、自分のことを知らない他人が、簡単に知ろうとしてきたらって考えると、出来なかったんです」


 高松の言葉には、彼の芯の部分が顕著に現れていた。数十億人が同じ星で暮らしている地球上で、正義なんてものはあやふやだ。たとえば、戦争は『正義』と『正義』がぶつかり合っている、なんて使い古された言葉がある。

 そのように、正義とは言葉としての定義を持っていても、本質としての定義など存在しない。

 当然、正義から派生した正義感という言葉にも、決まりきった形などない。

 その上で、高松にとっての正義は『他人同士が軋轢を生まず、快く生きられること』だ。だから困っている人がいれば助けるし、トラブルがあれば解決しようと積極的に動く。

 さて、他人同士の軋轢とは何から生まれるのか。それは衝突である。適切な距離感を間違え、近づきすぎた結果、軋轢は生まれる。

 相手に対して、不快に思われるほど踏み込まない。それが高松なりの『正義』であった。

 さらに高松は言葉を続ける。


「それに・・・・・・インターネットは便利ですけど、全ての情報が正しいとは限らない。だから俺は、それ以外の方法で薔薇子さんのことを、『雲雀山 春宵』のことを知ろうとしました」

「確かにインターネット上には『嘘』が多い。それは正しい。けれどね、高松くん。人も『嘘』を吐く。そしてそんな人間が作り出したからこそ、インターネットには『嘘』が蔓延っているんだよ。『嘘』は欲望から生まれるもので、人は欲深い生き物だからね」

「俺は、俺の信じた人の言葉を信じたい。それだけです。そのルールの中で、薔薇子さんのことを知りたい。そう思ったんです」

「欲張りだな、キミは」

「俺も人間ですから」

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