第110話 探偵は間違えてはいけない

 ベッドの上で腕を組んだ薔薇子は、高松の体勢を『絵本の読み聞かせをせがむ子どものようだ』と微笑みそうになりながら、「まずは」と話し始める。


「キミの推理を聞かせてもらおう、高松くん。どうして、この場所に来たんだい?」


 改めて問いかけられると、どのような言葉で説明していいのか、と高松はわからなくなる。

 夕闇の中、汗だくになり、全力疾走でここまで来た理由。


「俺から会いに行かないと、そう思ったんです。薔薇子さんに」


 高松は頭の中に浮かんだ言葉を、文脈や文法など気にせず、そのまま口に出した。

 偽りのなさを感じさせるまっすぐな高松の言葉に、薔薇子は頷く。


「ふむ。相変わらず日本語が下手だな、高松くんは。だが、その通りだよ。私はキミから会いにくるのを待っていた。『待っているだけの男』に興味はないからね」

「にしては・・・・・・」


 そこまで言葉にして、高松は口を閉じた。続く言葉は『ヒントが多すぎた』である。

 高松が薔薇子の元へ来れるよう、全ての状況が用意されていた。だが、それも『待っていた』なのだろう。


「にしては、何だい?」

「なんでもないです。俺なりの推理、なんて言うと大仰ですけど、理解したことを少しずつ言葉にしていいですか?」

「ナンセンスだな、高松くん」


 薔薇子は頬を膨らませかねない表情で言う。


「ナンセンス?」

「そんな弱気な探偵がどこにいる? 探偵はいつだって、強い言葉を吐かねばならない。誰もがそれを真実だと理解できるように、ね」


 彼女のなりの『探偵像』に気圧されつつも、高松は聞き返す。


「探偵が間違ってたらどうするんですか」

「探偵は間違えてはいけない。それだけの話だよ」


 答えになっていない、と苦笑する高松。だが、薔薇子は曖昧な言葉を吐いたつもりなどなかった。

 

「探偵が間違えてはいけない、は前提の話じゃないですか」


 そう高松が言うと、薔薇子は真剣な表情で「もしも、仮に、万が一、億が一」と前置いた。そして、張り詰めた空気の中で言葉を続ける。


「探偵が間違えた場合、その結果『罪』が隠匿され、状況によっては『罪なき者』が罰を受ける。そうなった時、探偵は探偵ではなくなるのさ。捨てなければならない。探偵としての生を、名誉を、履歴を。だから探偵は間違えないのさ。間違えた時点で探偵ではないのだからね。さぁ、高松くんの推理を聞かせてもらおうか。私を・・・・・・王隠堂 薔薇子をがっかりさせないでくれよ?」


 これ以上ないプレッシャーを受けた高松は、自分の口が瞬間接着剤で閉じられているかのような錯覚を覚える。これは本来、探偵が真実を解き明かす時に受けるべきプレッシャーだ。

 隠された真実を語ることが、どれほど重いことなのか思い知りつつも、高松は心を奮い立たせる。

 何とか開いた口から飛び出た言葉は、「王隠堂 春蘭」だった。

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