第107話 心に刺さった何か
最初から言われていたじゃないか、と奥歯を食い締める。
足だ。俺は、薔薇子さんの足なんだ。
相棒だとか、助手だとか、右腕だとか、どんな名称にも意味はない。自分がどう思うかで立場が決まる。
わかってしまえば簡単なことに、ようやく気付いた高松は、疲労が溜まった足を動かし続けた。
いざ事実と向き合ってみれば、思い寄らぬことに気づく。焼失した雲雀山 春宵の別荘は、高松の家から徒歩十分ほどの場所にあった。
元々、大型スーパーがあり、阿部市内で数店舗スーパーを運営していた親会社が倒産したと同時に土地が売りに出され、そのまま雲雀山が買い取ったのである。建物の取り壊しと同時に住居の建設が始まり、あっという間に庶民的な住宅地には似つかわしくない豪邸が建った。
そうネット記事には書いてある。小説家の別荘なのだから、もっとインスピレーションが得られるような場所にあるべきではないか、とも思うのだが、雲雀山はどうしてもその場所がいい、と強行したらしい。
高松が自宅の前を素通りし、元々雲雀山 春宵の別荘があった土地にたどり着くと、その広い敷地内には、ポツンとしたプレハブ小屋が設置されていた。
その周囲には、目がチカチカするほど緑色の強い芝生。素人目にも、手入れされた芝生であることがわかる。
人が住んでいる証拠だ。
「ここが・・・・・・六年前の現場」
そう呟きながら高松は、敷地内に視線を巡らせる。
放火事件が起きたことなど感じさせない、穏やかな空間だった。けれど、違和感は拭えない。
完全にイメージでしかないが、高級レストランで大きな皿の中心に、おしゃれな前菜が少量だけ盛られている様に似ている、と高松は感じだ。
敷地内のプレハブ小屋には小さな窓があり、日が落ち始めた夕闇の中では、漏れている光がはっきりと見える。
「・・・・・・誰いる」
一見、工事現場かもしれないとも思える光景だったが、高松は躊躇なく足を踏み入れた。
まるで、引き寄せられるように。これは引力だ。
家とも呼べないようなプレハブに近寄ると、高松はその戸を優しく叩く。
「薔薇子さん」
中にいるのが誰なのか。そもそも人がいるのか。何も確定していないのに、高松は彼女の名前を読んだ。
すると、中から待ち望んだ声が聞こえる。凛として、優しく、温かい声だ。
「遅かったね、高松くん。開いているよ」
彼女に会いに来たはずなのに、動揺してしまった高松は、何故か目頭が熱くなる。それほどまでに薔薇子に会いたかったのか、と手が震えた。
それでも、震える手に指示を出し、プレハブの戸を開ける。
「やあ、高松くん。どうしたんだい、薔薇の棘でも刺さってしまったような顔をしているね」
プレハブの中は小さな本棚とベッドしかなく、薔薇子はベッドの上で背筋を伸ばして座っていた。何かをしていた様子はなく、ただ座っていたように見える。
いや、待っていたのだ、と高松は気付く。『遅かったね』と彼女は言っていた。
薔薇子は、ただこの場所で、高松が来るのを待っていたのである。
「刺さったんですよ、薔薇の棘が」
今の高松には、そう答えるのが精一杯だった。
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