第101話 高松の正義感
「王隠堂・・・・・・王隠堂?!」
耳に飛び込んできた言葉に驚き、高松の鼓動は早打ちを始める。
けれど、全く予想外というわけではなかった。むしろ考えていた通りであることに驚いたくらいだ。
高松は前傾になりつつ言葉を続ける。
「雲雀山 春宵の本名は、王隠堂 春蘭なんですか?」
「高松くん、必要な答えは本が教えてくれるよ。読めばわかるさってね」
片桐は『LA VIE EN ROSE』を指差しながら、そう答えた。その後、薄く微笑む。何かを煽るような表情だ。
答えは本にある。片桐が雲雀山 春宵の本名を口にできたということは、本の中に出てきているのだろうか。可能性は高い。もしくは片桐が独自に調べた結果だ。
どちらにせよ、高松が欲してやまない答えが目の前にある。
「作家、雲雀山 春宵は・・・・・・薔薇子さんの父親・・・・・・」
高松は、これまで頭に浮かべ続けていた可能性を言葉にした。
それに対して片桐は肯定も否定もしない。ただ静かに微笑むだけだ。
「これを読めば、確定する・・・・・・」
恐る恐る『LA VIE EN ROSE』の表紙を捲る高松だったが、途中で手を止める。
「読まないの?」
片桐に問いかけられ、高松はそのまま表紙を閉じてしまった。
「薔薇子さんなら、躊躇いなく読むんでしょうね。自分の欲した真実が目の前にあるんですから」
寸前になって悩む自分を情けなく思い、高松が溢す。すると片桐はわかりやすく首を傾げた。
「高松くんは高松くん。王隠堂さんは王隠堂さんでしょ?」
「目的のためなら手段を選ばず、最短距離。合理的で間違いがない。それが正しいに決まってますよね」
フォローしてくれている片桐の言葉を覆すように、自虐的な言葉を吐く高松。
ただ情けなかった。あれほど知りたいと望んでいた情報が目の前にあるのにも関わらず、手段に拘っているなんて。
薔薇子がいたら笑われるだろうか。高松がそんなことを考えていると、片桐の手が『LA VIE EN ROSE』に伸びる。彼女はその表紙を優しく撫でると、茶化すような口調で声をかけた。
「その本はしばらく、高松くんが持ってなさいな。図書館から正式に借りたわけじゃないし、返却期間なんてどうとでもなるわ。まぁ、高松くんが何で読まないのか、想像はつくしね。まったく、面倒臭い性格してるわよね、高松くんってさ。ちゃんと『あの子』の口から『答え』を聞いて、納得したとき開きなさい。正々堂々向き合いたいんでしょ? こーの少年漫画症候群患者め」
それが合理的で正しいとわかっていても、自分の『正義』には逆らえない。いつからか染みついた高松の『正義感』が、警鐘を鳴らしていた。
真実を知るのなら、薔薇子の言葉で。それは信頼の証だから。
彼女の知られたくないことを、陰で暴くことに意味はない。自己満足でしかないのだから。
そして、真実は待つのではなく、問いかける。自ら、勇気を持って。真正面から薔薇子に問いかけることが誠意だ。
「茜さん、ありがとうございます。そんで、すみません。この本、少しだけ貸してください。次に会ったとき、ちゃんと聞きますから」
「ええ、良いわよ。ここまでしたんだし、王隠堂さんもすぐに顔を出すでしょ」
そう言いながら片桐は、店の一角に視線を送る。
王隠堂 薔薇子はそこに自らの居場所を作った。であれば、今日明日にでも現れるだろう。
そんな二人の推測は大きく外れた。
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