第100話 王隠堂 春蘭
それぞれの職業にそれぞれのこだわりがあるのだ、と高松は感心に近い納得をする。そうか、二つの言葉を合わせて『得心』か、と余計なことを考えてもいた。
ともかく、彼の目の前にある本は希少なものだ。
そのような書籍を片桐が持っているのには、理由がある。
「借りてきたって、図書館で?」
「阿部市の図書館はそりゃあ、良い本が揃ってるけど流石にこれはなかったわよ。けど、雲雀山 春宵が『自分の言葉を自分の言葉として書いている本』はこれだけだから、高松くん読みたいかなぁ、と思って父に頼んだってわけ」
片桐 茜の父、片桐 鳳仙は阿部市図書館で司書をしている。鳳仙について、知っておくべきことは彼の矜持だ。
読みたい本を読みたい人の元へ。必要な本を必要な人の元へ。
それぞれの職業にそれぞれのこだわり、に準えるならば『司書のこだわり』である。
独自のルートを辿り、図書館にない本であろうとも手に入れ、貸し出す。そんな父、鳳仙を尊敬し、茜も大学で図書館に関する科目を履修する予定だった。
血は争えない。そういう話である。
「そんなわざわざ・・・・・・ありがとうございます。今度、鳳仙さんに会った時にもお礼言わないと」
「図書館に行ったときにでも、顔を見せてあげたら? 喜ぶわよ、ウチの父も」
そう言いながら、片桐は高松に雲雀山のエッセイを手渡した。
「仕事中に邪魔はできませんよ。鳳仙さんだってお忙しいでしょうし」
「いつだったか、父も言ってたでしょ。『息子』みたいなものだって。遠慮しないで、気軽に話しかければ良いのよ。本しか友人がいないような、寂しい男なんだから」
微笑みながら父の話をする片桐は、どこか誇らしげである。司書への道を諦め、本屋の店主を受け継いだ今でも、やはり『憧れの父』であるようだ。
立場は違えど、本を愛する親子。高松にはどうしても入り込めない、熱く厚い壁のようなものが感じられた。
父親との絆とは、それほど容易に生まれるものではない。生まれながらにして親子は親子。そんなことは当然の事実である。しかし、真に親子たり得るには、時間と経験を共有しなければならない。
どのような関係性も、中身が伴っていなければ、名前だけの抜け殻なのだ。
高松にとって片桐 茜、鳳仙親子の絆と互いへの尊敬と尊重は、羨ましく眩しい。
「息子、かぁ。父親ってなんなんでしょうね」
ふと高松が問いかける。すると片桐は、何かを考えるような素振りをしてから、高松の持っている真っ白な本の表紙に手をかざした。
「うーん、私は父親になったことがないからわからないんだけれどね。もしかすると、その答えはこの本の中にあるのかもしれない。この本には『父』になった雲雀山 春宵の言葉が詰まっているから」
「父になった?」
「作家、雲雀山 春宵か。父親、王隠堂 春蘭か。自分はどちらであるべきか、という葛藤がね」
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