第92話 高松の朝

 最近、変な夢を見る。

 それが高松 駿の悩みであった。

 夏がじわじわと近づいてきたせいで、朝の気温が高くなってきたのだが、それとは別に嫌な汗をかいて起きる。

 

「また、だ」


 自室、ベッドの上でそう呟きながら、高松は額の汗を拭った。

 暗く狭い場所で、目と口を塞がれ、恐怖と息苦しさに溺れる。ここ一週間以上、そんな夢ばかりだ。

 これだけ聞けば『変な夢』ではなく『嫌な夢』と表現する方が正しいように思える。『変』たる理由はここからだ。

 暗く苦しい先に、大きな光が見えるのだ。優しく包み込むような、広がり続ける光。それも高松から光を求めて近づくのではなく、光の方から高松に近づいてくる。

 光に包まれた頃、ようやく目が覚め、恐怖時にかいた汗だけが夢を高松の中に、色濃く残すのだった。

 この夢を見始めたのは、王隠堂 薔薇子の『相棒』または『助手』になると決めた日から。

 そのせいか、高松の中で夢に対してよくわからない感覚を持っている。既視感、といえばいいのだろうか。記憶にはないのだが、どこかで体験したことのあるような感覚。

 記憶を掘り返されているような気持ち悪さが、毎朝訪れる。

 高松が気怠い体を起こし、身支度を整えていると部屋の外から声が聞こえてきた。


「駿、起きてるの?」


 母、茉莉花の声だ。


「起きてるよ」


 ドア越しに答えると、茉莉花は足音を立てて部屋の前から離れる。

 カレンダーを確認するまでもなく、今日は土曜日。先週の土曜日は警察署での聴取があったため、アルバイトに行けなかったが、本来はアルバイトが入っている曜日である。

 高松は準備と朝食を済ませ、アルバイト先の『梅原書店』に向かう。

 朝食時、母親から「茜ちゃんは綺麗になったわよね」だの「茜ちゃんは細いのに出るとこ出てて、発情期の男子にはたまらないわよね」だの、おおよそ母親から言われたくない言葉を言われ続けたせいで、高松は既に疲労を感じていた。

 朝九時、梅原書店に到着すると十時の開店に間に合わせるように準備。店前を箒で掃き、釣り銭の確認をし、新しく入荷した本を並べる。

 高松が準備を終え、休憩し始めるのが九時四十五分頃。その時間になると片桐 茜が出勤してくる。彼女が出勤してくるのはいつもこの時間だ。

 若いながら店の責任者を請負い、夜遅くまで仕事をし続けている片桐が、遅れて出勤してくることに文句などあるはずがない。


「おはようございます」


 高松が挨拶をすると、片桐は眠そうな目を擦りながら「うぇすうぇす」と言葉ではなく音で返す。

 母から言われた言葉のせいで、片桐に対して変な意識をしてしまい、なんとなく照れてしまうのは健康な高校生男子として致し方ないことだった。

 こうして高松の休日は始まる。

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