第84話 悪魔の足跡
高松が菊川警部の息子ということもあり、竹内刑事は終始饒舌であった。
また、高松の柔らかい雰囲気と他人を慮る態度が、竹内との関係性を良好に築き上げたのだろう。
カフェ『グラシオソ』毒殺事件。始まりは、大塚と正式に婚約している交際相手、岸本 愛美がパスワードを知ったことだった。
薔薇子が一瞬で解き明かした大塚 誠の携帯電話のパスワードである。岸本 愛美は交際二年目にして、ようやくそのパスワードを知った。
これまで岸本自身、積極的にパスワードを知ろうとしたことはなかったという。
そもそも普段の大塚は、紳士的で優しく、誠実な男性であったらしい。これは岸本 愛美視点からの感想である。仕事に対しても、岸本の未来に対しても真面目に向き合い、素直な言葉をくれる。岸本にとって理想の男性であったそうだ。
だからこそ岸本は、わざわざ携帯電話の中を覗くようなことは考えなかった。
そんな岸本に情報を与えたのは『BAO・BAB』というバンドである、と竹内は言う。
「岸本さんと『BAO・BAB』に個人的な関係があったってことですか?」
話を聞いていた高松は、驚きのあまり口を挟んだ。
十代から二十代の間で流行している、『BAO・BAB』は東京を拠点とするロックバンドだ。SNS上での人気は凄まじく、カルト的な人気を得ている。
そういえば、大塚 誠の携帯電話にも『BAO・BAB』のステッカーが貼られていた。
すると竹内は、軽く笑いながら首を横に振る。
「ああ、違う違う。違うよ、駿くん。岸本 愛美は『BAO・BAB』の新曲からパスワードを知ったんだ」
「曲から?」
高松が聞き返すと、竹内は自身の携帯電話を取り出し、『BAO・BAB』のホームページを見せた。
小さな四角の画面いっぱいに『一八五五』と赤黒い文字で書かれており、背景には降り積もった雪とU字の足跡が敷き詰められている。
「これが『BAO・BAB』の最新曲だそうだよ。曲名はそのまま『一八五五』だね。千八百五十五年にイギリスで起きた、都市伝説的な事件をモチーフにした曲だ」
「都市伝説的な事件?」
「ある夜、雪景色の中に、途切れることのない足跡が突然現れたって事件だよ。その足跡が馬とか山羊とか、蹄のある動物のものに似ていたらしくてね」
竹内から都市伝説の話を聞いた高松は、首を傾げた。
「普通に馬とか山羊とかが通ったんじゃないんですか?」
「僕もそう思って軽く調べてみたんだけどね。どうやら足跡的に二足歩行で通ったみたいなんだよ。蹄のある動物は基本的に四足歩行だから、道理が合わないってことらしい。そんでもって、ヨーロッパの方では山羊は悪魔をイメージさせるようでね。悪魔の足跡だっていわれているんだ」
「一八五五、悪魔の足跡。じゃあ、それが大塚さんの携帯電話のパスワードだったんですね」
高松の推察は正しい。
元々、大塚が『BAO・BAB』の熱狂的なファンであったことを知っていた岸本は、興味本位から『一八五五』と打ち込んだ。その結果、携帯電話のロックは解かれ、彼女は交際相手の真の顔を知ることになる。
好奇心とはやはり恐ろしい。甘く、痛く、苦く、逃れられない。それこそ、悪魔の誘惑のように。
事件の発端を知った高松が、再び『BAO・BAB』のホームページに視線を落とすと、記憶に何かが掠るような違和感を覚えた。
違和感の正体を探るべく、視覚に集中するとホームページ上に聞いたことのある名前を見つけた。
作詞、葦澤 檸檬。
薔薇子が嫌悪を露わにしていた者の名前だ。
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