第83話 三日後

 差し出された手を高松が握り返したか、わざわざ語るほどのこともないだろう。

 後から考えれば、照れ臭くなるほどの熱い握手であった。


 高松がカフェ『グラシオソ』での事件を全て理解したのは、三日後の土曜日。阿部警察署内にある、取調室でのこと。

 真四角の味気ない部屋には窓が一つだけあり、鉄格子がはまっていた。物々しい鉄格子の冷ややかさが、心に異様な閉塞感を与える。

 部屋の中には簡素な机が二つ。一つは部屋の中心に置かれ、二人の者が向かい合わせで座れるようになっていた。もう一つの机は、部屋の端にあり、机上にはノートパソコンが置いてある。

 特別、警察への知識がない高松でも、そのパソコンが証言や供述を書き起こすためのものであると分かった。


「取調室って、なんか悪いことした気になりますね」


 高松が窓を背にして椅子に座ると、机を挟んで一人の警察官が椅子を引く。高松としては、父親である菊川警部が自分の話を聞くと思っていたのだが、都合が合わないらしく椅子に座ったのは竹内刑事であった。


「ははっ、そう気にしないでくれよ。まぁ、他にも話を聞く場所はあるんだけどね。今回は事情が事情だけに、取調室でってことになったのさ」


 竹内はそう説明しながら、資料を机の上に置く。

 どうやら高松の供述を書き起こすもう一人の警察官はいないらしい。取調室の中には、高松と竹内刑事だけだ。

 さらに竹内は「いやぁ、僕で悪いね」と柔らかい笑みを浮かべる。彼の目の下は黒ずんでおり、睡眠時間の短さを物語っていた。

 二日連続で殺人事件が発生してからまだ三日。いくら体力に自信がある竹内といえど、五日間ほとんど寝ずに事件処理をしていれば、疲労が見え始めるのも無理はない。

 高松は、そんな竹内を気遣うように微笑んだ。


「俺は大丈夫ですけど、竹内さんは大丈夫ですか? ずいぶん疲れているようですけど」

「本当は非番だったんだけどね。人手も足りないし、デスクワークに回してもらっている分、マシだよ」

「警察官って公務員ですよね? 労働基準法とか、その・・・・・・」


 竹内の労働環境に不安を覚える高松。

 すると竹内は、疲れた顔に不釣り合いなほど瞳を輝かせた。


「面白いことを言うねぇ、駿くん。警察官が休んだら、誰が街を守るっていうのさ」

「・・・・・・あ、はい」


 警察官として輝かしいほどの意欲があることはいいことだ、と高松は自分自身に言い聞かせ、本題に入る。

 聴取といっても、阿部新川駅前ホテル、カフェ『グラシオソ』二つの場所で起きた二つの殺人事件について、高松が知ることを話すだけだ。

 その聴取の中で、高松はカフェ『グラシオソ』で起きた事件の全貌を知ることになる。

 聴取をするのが菊川警部であれば、漏らすことのない情報だっただろう。

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