第82話 バディ
いきなりすぎる上に、脈略もない高松からの問いに、薔薇子は鼓動すら止まったのではないのかと思うほど硬直する。
何も言葉を発さず、好みに合った小説でも読み耽っているような顔で、ただ高松を見つめていた。
「・・・・・・」
たった数秒の無言ではあるが、永遠のようにも感じられる。それが使い古された表現だとしても、他に相応しい言葉がない。
薔薇子と高松にとって、これ以上ないほど大切な時間。この瞬間が永遠なのである。
無言を貫いても衰えぬ高松の眼力に、薔薇子は悲しげな表情を返した。
「高松くん、キミは・・・・・・そうか」
何かを納得したような『そうか』だ。高松としては疑問が増えるばかり。
彼女の態度を見れば、問いに答えられないのではなく、答えたくないのだとわかる。
それでも高松は一つの答えを得た。
「否定しないんですね」
王隠堂 薔薇子は嘘をつかない。誰よりも真実を好んでいるからだ。そして、それは執着にも近い。
彼女の能力を持ってすれば、いくらでも他人を騙すことができるだろう。馬鹿正直な性格の高松であれば、容易にもほどがある。
それでも彼女は嘘をつかない。嘘は『愚か』であるからだ。
薔薇子は一度目を瞑り、鼻から空気を吸い込む。体内に取り込んだ酸素は、血液を巡り、彼女の思考を働かせた。
そうしてようやく薔薇子は口を開く。
「ああ、世界は広い。まだ地球上には未開の地が六割強もあるとされている。つまり、人類は四割にも満たない場所で生きているのさ。そう考えると、世界は狭いとも言える。人が特定の誰かとどこかで出会っている確率は、そう低くないだろう」
わかりやすく話を逸らそうとする薔薇子。
その意思は高松にも伝わった。けれど、真実に近づくと決めた高松は、ここで引きはしない。
「そういう話じゃないですよ、薔薇子さん。俺はどうしても知りたいんです。俺は薔薇子さんとどこかで出会っている」
「ふむ、先ほどとは違い、確信の色が濃くなったね。どういった変化だい?」
「薔薇子さんの話はすぐに横道に逸れる。けど、それは薔薇子さんの興味がある方向に、です。でも、今のはそうじゃなかった。意識的に、俺の意識を逸らそうとしたじゃないですか。どうして教えてくれないんです」
いつまでも答えに辿り着けない高松は、もどかしさから眉間に皺を寄せる。
真実に辿り着けないことは、これほど息苦しいものなのか、と喉の奥がジリジリと痛む。緊張から、口の中が渇いているからだろうか。
「どうしても知りたい。キミはそう言ったね、高松くん」
「ええ」
「私にも『知らなきゃならない真実』がある。けれど、神に祈ろうが、天を仰ごうが、書物を読み耽ろうが、答えが出ないんだよ。真実を知る方法は、たった一つしかない。自分の足で追い、自分の手で探り、自分の目で見るしかないのさ。だから私は、失った足の代わりに義足を手に入れた。自ら立ち上がる足を、ね」
薔薇子はそう言ってから、自分の右足を撫でる。その上でこう言葉を続けた。
「だが、立ち上がるために必要だったのは、足だけじゃあない。精神論は好きじゃあないが、『心』なんだよ。もう一度立ち上がり、歩き始めるという『心』がなければ、この義足はただの義足だ。私の意思が通ってこそ『足』になる」
「また・・・・・・話を逸らすつもりですか」
「そうじゃあない。真実は自ら手に入れるから価値があるってことさ。キミにとって『どうしても知りたい』ことなのならば、自ら手に入れるべきだ」
世の中はインスタントに溢れている。何でもかんでも、手軽な時代になった。
だからこそ、モノの価値がわかりづらくなったとも言える。
知りたいことに対して、高松がどれほどの価値を見出しているのか。薔薇子の言葉は、高松の覚悟を問うものである。
「・・・・・・俺自身で探せってことですか。でも、俺はただの高校生です。薔薇子さんは事件専門の探偵。俺が事件に巻き込まれるなんてことがない限り、もう一度会うのは難しい。偶然にも二日連続、事件に巻き込まれましたけど」
そう高松が脱力したように言うと、薔薇子はその赤い唇を横に広げ、悪巧みでもするような笑みを浮かべた。
「私はね、高松くん。金勘定が苦手なんだ。それと、他人と円滑な関係を築くことも、ね」
「は、はぁ」
「それと、日常生活には困らないが、長く歩くことも走ることも難しい」
義足であることの大変さは、経験者にしかわからない。軽率な反応ができず、高松は黙って薔薇子の言葉を聞いていた。
「察しが悪いな、高松くん。私はこう言っているのさ」
薔薇子はそう言いながら、右手を高松に伸ばす。
「シャーロック・ホームズにワトソン医師がいたように、明智小五郎に小林少年がいたように、王隠堂 薔薇子に高松くんがいてもいいと思わないかい? 私は私の目的のために。キミはキミの目的のために」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます