第81話 了よりも先に

 意を決して、とはこのことだろう。

 かつてないほどの勇気を振り絞った高松の問いかけは、薔薇子に無言の思考機会を与えた。


「・・・・・・」


 薔薇子と出会ってまだ二日目。正確には二十四時間も経過していない高松だが、これほど言葉に困った表情を浮かべる彼女は初めて見る。

 瞬きを忘れ、口を一文字に閉じていた。

 ちょうど警察官がカフェの扉が開ける。入り込んできた風が薔薇子の髪を揺らし、横髪が顔にかかったのだが、彼女はそんなことなど気に留めず高松の目を見続ける。


「薔薇子さん」


 返答を催促するように高松が呼びかけた。

 すると薔薇子は、強張っていた表情を一気に緩め、いつものように飄々と微笑む。


「どうしたっていうんだい、高松くん。キミは私に興味津々だなぁ。女性に興味を持つお年頃ってやつかな?」


 ふざけたような話し方をする薔薇子。

 そんな彼女に、高松は苛立ちではない感情の昂りを覚えた。


「興味津々ですよ。俺は薔薇子さんに興味津々です。王隠堂 薔薇子さんに」


 真っ直ぐすぎる目で、角度のない言葉を高松は放つ。それは荊棘に囲まれた真っ赤な花弁、薔薇子の心に突き刺さった。


「・・・・・・キミってやつは。どうしてそんなに・・・・・・私のことを知らなければ納得できない、そう言いたいのかい? 今回の事件について、キミの中に残る疑問は多いだろう。どうして岸本 愛美が大塚くんを殺すに至ったのか。猛毒であり、殺鼠剤としても推奨されていないタリウムをどのようにして手に入れたのか。旗本氏や最上川氏は何故、あれほど大塚くんを愛していたのか。そもそも大塚くんはどうして、八人もの女性と交際していたのか。気になることは多いはずだ。にも関わらず、キミは私のことを聞きたい、と?」


 薔薇子の問いかけはもっともだ。

 そもそも高松は、気になったことを放って置けない性格である。例えば、道端に空き缶が落ちていたとしよう。ほとんどの者は空き缶が視界に入っても、ゴミ箱まで持って行くのが億劫で、見て見ぬふりをするものだ。実際、街中には無数のゴミが落ちている。

 どうして人は落ちているゴミを無視するのか。自分と無関係であるからだ。自分に不利益が発生しないから、ゴミが落ちていても関係ない。

 しかし、高松は見つけた空き缶は全て拾う。環境のためでも、街の美観のためでもない。ただ自分のために拾うのだ。

 落ちているゴミを無関係だと割り切る自分が許せない、そんな性格が彼を動かすのである。

 そんな高松が、事件の詳細な真相よりも薔薇子の正体について尋ねた。

 薔薇子と出会ってからの時間を『小説』とするならば、阿部新川駅前ホテルでの事件は第一章。そしてカフェ『グラシオソ』での事件は第二章。

 第二章の『了』の字が打ち込まれる前に、どうしても薔薇子について知りたかった。

 それは、高松の頭をよぎったセピア色の記憶にも大きく関わる。


「事件のことは、もちろん知りたいです。けど今は、どうしても薔薇子さんのことが・・・・・・変なことを言いますけど、俺に会ったのは昨日が初めてですか?」


 高松はそう問いかけた。

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