第79話 部外者

 当然すぎる疑問である。

 だが、薔薇子は『何を今更』とでも言いそうな顔で、キラキラと反射する自分の髪を撫でていた。どうにも関心をなくしているらしい。


「・・・・・・大塚くんの婚約者だよ。正式な、ね」


 彼女が付け足した『正式』には、淀んだ背景が感じられる。それもそのはずだ。旗本の話や、最上川の態度から察するに、大塚は交際相手に結婚を仄めかしていたのだろう。その中でも『正式な婚約者』といえば、番号を付けられていない『一番目』の彼女である。

 高松の胸の中では、言葉にできない痛みのようなものが渦巻いた。


「婚約者・・・・・・何号じゃない本当の恋人が・・・・・・」


 そう呟きながら、彼は想像する。一体どんな物語があったのか。

 どうして交際相手を毒殺しようと考えたのか。

 薔薇子のような推理力も洞察力もない高松には、自分勝手な想像しかできない。けれど、想像するだけで肋骨辺りが痛くて堪らなくなる。

 痛みは肺から気道を辿り、口から言葉として空気中に飛び出した。


「婚約者の方は、大塚さんの浮気に傷ついて、殺してしまったんでしょうか」


 高松の想像に対し、薔薇子は強い眼差しを向ける。


「そんなことは考えなくていいんだよ、高松くん。そんなことを考えるくらいなら、沈んだ太陽の行方を探している方が、ずっと有益ってものさ。明日が来れば、また太陽に出会えるのだからね。誰にでもわかる明白な答えがある」


 薔薇子の言葉は基本的に刺々しい。だが、今の言葉は柔らかく、人を傷つけるような要素は含まれていなかった。

 しかし、何故か高松にはいつもの言葉よりも鋭利に感じられる。


「殺人事件の加害者について考えるのは、有益じゃないってことですか?」


 反射的に高松は、彼らしからぬ問いかけをしてしまった。

 そもそも世の中は有益、無益だけで回っていない。利益以外のものが人間を動かすことも多い。そう考えると高松の問いかけに意味はないだろう。

 薔薇子は、一瞬目尻の筋肉を痙攣させた。思いもよらぬ高松からの言葉に、脳よりも体が反応したのである。

 体の反応に遅れて、彼女の思考と口が動く。


「キミが大塚くんの関係者なら、加害者について考えるべきだろう。けれど、キミは部外者だ。部外者なんだよ、高松くん。そして私もね。もちろん、警察関係者も捜査権を持っているだけで、部外者だ。部外者にできることは、俯瞰して状況を見るだけだ。小説でも読んでいる気になればいい。そりゃあ、展開に感想を抱いたり、登場人物に感情移入したり、時には深く考えることもあるだろう。けれど、どれだけ思っても、出版されている小説に文字を加えることはできない。登場人物を救うことも、殴ることも、抱きしめることもできないんだ」


 さらに薔薇子の言葉は続いた。


「いいかい、高松くん。キミがどれだけ心を痛めても、大塚くんは生き返らないし、加害者は罪から逃れられない。それが現実なのさ。だから、私たちは真実だけを、自らの目で追い求めなければならない。厄介だろう? 人間の想像力ってやつは。だって今、キミは加害者の『動機』に『同情心』を抱き始めている。大塚くんが浮気さえしなければ、幸せに二人とも生きていた『かもしれない』なんて思い始めている。そんなパラレルワールドは、SF小説にでも任せておけばいいのさ」

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