第78話 王隠堂薔薇子の心
旗本と争いを始めた最上川は、カフェの端で制服警察官と話をしている。その様子から、話は聞こえずとも、宥められているのだろうと推察できた。
薔薇子はそんな最上川に対し、憐れむような視線を送る。
「使い古された表現だけれど、争いとは同程度間でしか起きない。つくづくそう思わされる。人間とは、かくもありきたりなものなのか。驚くべき事実も、心動かされる事態も、存在しなかったね」
そう言いながら、薔薇子は一番近くにあった椅子に腰を下ろした。
そんな薔薇子の言葉に対し、高松が反応を示す。
「いやいや、薔薇子さん。人が亡くなったんですから、驚くべき事実だし、心動かされる事態じゃないですか。良い方の動かされ方ではないですけど」
「何を言っているんだい、高松くん。ありふれた事実すぎて、認識できていないのかな? 道端に生える雑草にだって名前はある。それと同じことさ」
「ざ、雑草?」
言葉の意味がわからず、高松は素っ頓狂な聞き返し方をしてしまった。飛躍した薔薇子の比喩には、未だ慣れない。
「いいかい」
薔薇子は言葉の間を上手く使いこなし、高松の聴覚を独り占めする。
バクンバクン。自分の鼓動だけが高松の体内で響く。生を実感させられる重苦しいバックミュージックの中、薔薇子が言葉を続けた。
「人は死ぬんだ。いつか、ね。それだけは変えようがない。必ず死ぬ。永遠を生きる者などいないのさ。問題は『いつ死ぬか』でしかないんだよ。ああ、あとは『どのように死ぬか』も重要事項に置いていい。死生観など語るつもりはないが、ありふれた価値観として『死』があるからこそ『生』に価値が生まれる」
「死があるからこそ・・・・・・」
「大富豪が大富豪なのは何故か。そう意訳してもいい。持たざる者がいるからこそ、大富豪は大富豪と呼ばれるのさ。結局、相対的でしかない。永遠の『生』は『死』と変わらないってことだね。まぁ、相対的とはいえ『生』には価値がある。だが、『死』は自然なことだ。人の死に一々動揺していては、事件に関わることなどできない。それだけのことさ」
つまり、と高松は頭の中で思考を広げる。
薔薇子が言った『驚くべき事実も、心動かされる事態も、存在しなかったね』は嘘だ。だってそうだろう。彼女は人の死に動揺する『普通の感性』について理解していた。意識的に動揺しないようにしている。『死』は自然なことだと自分自身に言い聞かせているのだ。
思っていたよりも王隠堂 薔薇子は『心』のある女性なのだ、と高松は微笑を浮かべる。
「何を笑っているんだい、高松くん」
納得いかないような顔をして、薔薇子が首を傾げた。
「何でもないですよ。何でも」
「ほう、私に推理させようということかね? いい度胸だ。キミの暴かれたくない秘密を全て解き明かし、駅前に張り出してもいいんだぞ」
「どんな脅しですか!」
恐ろしいのは、薔薇子にそれを成し遂げるだけの能力と行動力が備わっていることである。
高松が苦笑する中、電話を終えた菊川警部が二人に歩み寄ってきた。
「岸本 愛美は問題なく署に連行した。捜査協力に感謝する」
薔薇子に向けられた謝辞の中には、初めて聞く名前が入っており、高松は言葉の内容から『岸本 愛美』なる人物が大塚殺害の犯人であると察した。
「岸本さん・・・・・・が犯人。なんですよね? 一体、誰なんですか」
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