第77話 自己憐憫
この顔だ。事件解決の証。
飽きた玩具を投げ捨てる子どものように、薔薇子は無邪気な無関心を宿した顔つきで、座れる場所を探している。
立ったままでいるのは疲れるらしく、自分の右太腿を軽く摩っていた。
彼女としてはもう終わったことなので、事件に興味はない。しかし、高松は状況が理解できず、電話を続ける菊川警部と薔薇子を交互に見てから、薔薇子の方に再び問いかけた。
「ば、薔薇子さん、犯人って結局誰なんですか?」
高松と同じ疑問を、マスター金城や旗本、最上川、矢野も抱いており、全員が催促するような目で薔薇子を見ている。
「まずは自分で考えてみればいいじゃあないか、高松くん。最も大塚くんに執着していた者さ」
「執着って・・・・・・最上川さんじゃないんですか?」
大塚への執着から、備考までしていた最上川。だが、彼女は犯人ではない。薔薇子が明言しているし、何より逮捕されていない。
名前を出された最上川は、檸檬でも口に放り込まれたような苦い顔をして、口を開いた。
「わ、私は殺してないわよ。私が誠さんを尾行していたのは、昨日・・・・・・怪しいことがあったから。一瞬携帯の画面が見えたのよ、馬鹿みたいな絵文字がついたメッセージが。『明日の映画楽しみだね』って」
そのメッセージの送り主は、誰が考えてもわかる。旗本だ。
「馬鹿みたいって何よ! おばさんのクセに!」
瞬間湯沸かし器の如く、反射神経そのままに怒り出す旗本。けれど、最上川は旗本と目を合わせようとしない。
全く相手にしない様子の最上川に対し、旗本の怒りは増す。
「聞いてるの? お・ば・さ・ん」
「若いだけが取り柄で、知性の欠片も感じられないわね。動物園に帰りなさいよ」
最上川は呆れたように、嫌味ったらしく言い返した。
このままでは、二人の女性が暴れ出しかねない。慌てて竹内刑事が二人の間に立った。
「ちょっと待ってください、二人とも。せっかく事件が解決したっていうのに、揉めてどうするんですか」
仲裁に入った竹内に対して、薔薇子が煽るような口調で声をかける。
「やらせればいいじゃあないか、竹内刑事。もう奪い合う者もいないというのに、何かを奪い合っている。滑稽な喜劇だよ」
小さな火にガソリンをかけるような言葉に、最も反応したのは二人の女性に挟まれた竹内刑事だった。
「ダメですって! とにかく別々で話を聞きますから」
焦る竹内刑事を尻目に、薔薇子は「何の話を聞くつもりなのか」と、あまりにも他人事すぎる言葉を吐いている。
そんな中、高松が薔薇子に声をかけた。
「薔薇子さん、結局最上川さんは大塚さんが浮気していることを知っていたんですよね? じゃあ、どうして尾行なんて・・・・・・」
「プライドだよ、高松くん」
「プライド? 誇りとかそういう意味の?」
「矜持でも傲慢でも同じことさ。最上川氏は大塚くんの浮気に気づいていた。それもまた仕方がない、とすら思っていた。よくある思考だよ。最終的に自分の元に戻ってくればいい。自己憐憫という自己愛。いや、自己犠牲というナルシシズムかな。彼の火遊びを許し、それでも愛を注ぐ自分に酔っていたんだろう。それでも、彼の浮気相手がどんな者なのか気になった。先ほど最上川氏が『馬鹿な絵文字』と言っていただろう? 自分の恋人が、知性のない女性と付き合っていることが許せなかったのさ。自分自身を優秀だと、大きな器の持ち主だと考えている最上川氏のプライドが、ね」
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