第76話 盤外の王手
大塚の交際相手である旗本と最上川は、大塚を殺害していない。
だったら、どうしてこんな話をするのか、と高松は首を傾げた。推理を進める上で、二人の話を聞くのはわかる。まだ人間関係の輪郭が見えていないのであれば、確認作業にも意味が生まれる。
けれど薔薇子の言葉から察するに、彼女は既に推理を終えている。その状態で旗本と最上川の『明かされたくない事実』を話す理由は何だろうか。ただ二人の女性を辱めるだけだ。
言ってしまえば、旗本と最上川は大塚の被害者である。そんな二人を傷つける行為が、どうしても薔薇子らしくない、と高松は感じた。
そもそも薔薇子の言動には、悪意がない。毒舌であり、横暴であり、横柄ではあるが、彼女が彼女らしく生きているだけだ。しかし、今回の演説では明確に二人の女性の心を抉っている。
「最上川さんが大塚さんを殺していない・・・・・・って、じゃあ一体何のためにこの話を」
高松は思わず疑問をそのまま言葉にした。
すると薔薇子は、驚いたように目を見開いてから、声を出して笑う。
「ふっ、あっはっはっは。いやぁ、面白いね、高松くん。普通の人ならこう問いかけるところだよ。『それじゃあ一体誰が大塚くんを殺したのか』とね。けれど、キミは事件の真実よりも、二人の女性を傷つける私の話に、理由を求めた。まったく、キミらしいね」
「俺らしい・・・・・・? だって、この話には意味が・・・・・・」
「意味ならあるさ。それに気づくかどうかは別の話として、何事にも意味はある。全てに意味を求めるのは学問の基本だよ、学生」
色気のある瞳でそう言うと、薔薇子は短く息を吸い込む。そのまま「だが」と言葉を続けた。
「もうこれ以上、彼女たちを焚き付ける必要はなさそうだね」
「焚き付ける?」
「いや、キミは気にしなくていいよ、高松くん。そろそろ、この事件に『幕が降りた』頃合いだろうから、全てを終わらせようか」
そう言いながら薔薇子は菊川警部に視線を送る。すると、ちょうど同じタイミングで菊川の携帯電話が鳴った。
彼は申し訳なさそうに周囲を見回し、電話に出る。
「菊川だ。ああ、カフェ『グラシオソ』にいる。ああ、そうだ。わかった。そのまま署に連行してくれ」
どうにも物騒な『連行』という言葉を聞き、薔薇子は小さく頷いた。
「どうやら終わったようだね。これで安心して私はエスプレッソとチーズケーキが頂けるし、矢野くんは枕を高くして眠れるし、旗本氏と最上川氏は三日ほど枕を濡らせば終わる。菊川警部は事件後の処理に追われるし、マスター金城は明日からも『グラシオソ』の営業に努めればいい。高松くんは、そうだな。ありふれた何事もない、平穏な日常に戻る、かな」
「ど、どういうことですか? 終わった・・・・・・終わったって何がですか?」
「何って『事件』に決まっているじゃないか、高松くん」
「事件が終わった? じゃあ、父さんが言った『連行』って」
戸惑いながら高松は、何とか薔薇子の話に食らいつく。
「言わずもがな、犯人のことさ。もちろん、大塚くんを殺害した犯人のことだよ」
「え・・・・・・」
高松は言葉を失った。
カフェ『グラシオソ』は間違いなく大塚 誠の死亡現場である。そしてほとんどの者が『事件現場』であると考えていた。
しかし、この場ではなく他の場所で事件が解決してしまったらしい。
「犯人が逮捕された?」
ようやく思考が追いつき、高松が問いかけると、薔薇子は興味を失ったかのように、眠そうな表情を浮かべた。
「言っただろう? 大塚くんを殺害したのは、彼に最も執着していた者だ、とね」
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