第75話 チェックメイト?
薔薇子からの指示は、菊川警部から竹内刑事へと流れた。
最上川に私物確認作業が始まったと同時に、薔薇子が言葉を続ける。
「そもそも、おかしいと思わないかい? こんなに雰囲気の良いカフェの中で、場違いにも騒いでいるカップルに、一度も視線を送らない。そんなことがあるだろうか? どれだけ周囲への関心が薄かろうと、他人の言動を尊重しようと、騒音が聞こえれば、一定の反応を見せる。ところが、だ。最上川氏は『最初から無視をする』と決め込んでいたかのように、ひたすら本に視線を落としていたんだよ。いや、正確には鉄製のブックマーカー。鏡面になっている栞に、ね」
そう薔薇子が言うと同時に、竹内刑事が右手を掲げた。その手には、鉄製の栞が握られている。
「あ、ありました!」
ガラス窓から差し込んでいる夕陽を、栞がキラキラと反射させた。目が眩むほどの磨かれた鏡は、鮮明に反対方向の空間を映し出している。手鏡と言っても差し支えない栞であった。
高松はまじまじと眺め、息を吐く。
「鏡・・・・・・じゃあ、最上川さんはその栞で」
「その通りだよ、高松くん。最上川氏は、鏡面になっている栞を用いて、常に大塚くんと旗本氏の動きを監視していた。それを見た私は、最上川氏が何か行動を起こすのだ、と確信したのさ」
大塚くんを殺害したのは、最も彼に執着していた者だ。
薔薇子の言葉が、全員の頭の中に蘇る。最上川の行動はまさしく『執着』であると言えるだろう。
そこで高松は最上川に視線を送った。
薔薇子は事件に関係のないことに興味を持たない。その上、今日は水曜日。最上川は昨夜、大塚と会っていたはずだ。『上七号』は『火曜夜』なのだから。
全ての情報を整理すると、最上川を疑うのが正しい。高松以外にも、矢野とマスター金城が最上川の方を見ていた。
しかし、警察関係者と薔薇子は最上川に疑いの眼差しなど向けていない。それどころか、最上川に対して悲しげな感情を抱いているようにも見えた。
違和感を覚えた高松は、次の言葉を待つ子どもの様に薔薇子の顔色を窺う。
「どうしたんだい、高松くん」
「どうしたって・・・・・・その、ほら昨日は推理の最後に、『チェックメイト』とか言ってたじゃないですか」
素朴な高松の疑問に対して、薔薇子は首を傾げて答えた。
「高松くん、チェックメイトはもう逃げようがない王手のことをいう。最上川氏にかける『チェック』などありはしないよ」
「え?」
「当然だろう。最上川氏は大塚くんを殺害していないのだからね」
一気に訳がわからなくなった。
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