第73話 Less is More
反論する余地もない状況で自分のことについて話が進み、最上川の表情はじっとりと曇り始めた。
それでも回り始めた薔薇子の舌は、止まることを知らないかのように動き続ける。
「監視を目的とした尾行。そのために化粧を変え、髪を切り、眼鏡をかけていたのだろう」
そう言い切る薔薇子に対して、高松は「眼鏡はともかく、何で化粧や髪のことまでわかるんですか」と問いかけた。
薔薇子は『どうしてわからないのか』と問い返すような顔をしてから、ため息をつく。
「高松くん、キミはルートヴィヒ・ミース・ファン・デル・ローエを知らないのかい?」
「ルートヴィ・・・・・・? 高級ブランドか何かですか?」
「近代建築の巨匠と呼ばれている建築家さ。代表作は・・・・・・」
彼女は高松の溢れる問いに答えながら、言葉を詰まらせた。薔薇子の頭の中で、ルートヴィヒ・ミース・ファン・デル・ローエが語りかけてきたのである。
『Less is More』
分かりやすく翻訳するのであれば、『少ないほど、豊かである』だろうか。建築物に対して過剰な装飾を施す時代に、極限まで無駄を排したデザインを追求するべく、ミースが提唱した『信念』である。
結果的にミースの信念は、現代の建築のみならず、暮らしや社会に影響を与えている。そして薔薇子にも。
端的にいえば、この瞬間の薔薇子はシンプルに伝えるべき、だと考えたのだ。
「いや、確かに彼の作品は素晴らしいが、今は関係ない。私が言いたいのは、だね。ルートヴィヒ・ミース・ファン・デル・ローエはいくつか名言を残しているが、その中で最も有名なものは『神は細部に宿る』だ」
「なんか、聞いたことありますね」
「いいかい、高松くん。何事も細部なのさ。細かなところに気を遣う者は、男でも女でもモテるし、細かなものを見逃さない探偵だけが、真実に辿り着く」
薔薇子は「ごらんよ」と最上川を指差し、言葉を続ける。
「最上川氏の右肩、彼女の髪よりも長い髪が付着している。それも一本ではなく数本。もちろん、同居人や友人のものという可能性もあるが、色や髪質が彼女のソレにそっくりだ。これは彼女が『髪を切ったばかり』であるという証拠だよ」
「なるほど。じゃあ、メイクは?」
「それは簡単な話さ。大塚くんが最上川氏に気づいていた様子はなかった。普段と同じメイクをしていれば、流石に気づくだろう。なにせ大塚くんは『モテる』男ではあるようだからね。ちなみに眼鏡は、確認するまでもなく度が入っていない」
話を聞けば、最上川の『変装』を見破ったことに納得はできる。
しかし、腑に落ちないという表情を浮かべる者が、カフェ内に二人いた。菊川警部と最上川である。
「待ってくれ」
菊川警部が声をかけた。
「確かに私は、王隠堂さんに言われた通り、携帯会社に『上七号』の名義を確認した。だが、契約者は最上川さんではない。それを伝えたはずだ。どうして、最上川さんが『そう』であると確信したんだ?」
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