第72話 薔薇子への対抗手段
さて、何が起こっているのか、高松を含めほとんどの者が理解できていないだろう。
わかりやすく噛み砕くのであれば、薔薇子がしたことは『最上川 裕美が上七号であると言い切った』だけ。
上七号が誰であるか、については大塚 誠の携帯電話に入っていたデータを見て『知った』こと。
それだけのことだ。驚かれるようなことなど、存在しない。
しかし、最上川 裕美は『あり得ない』と言わんばかりに、体を硬直させていた。
「どうして・・・・・・」
隠し事を暴かれた最上川は、シェイクスピアの世界にでも入り込んだかのように、悲壮感溢れる声を絞り出す。彼女は自分が『上七号』であったことを隠していたのだ。そして、隠し通せると思っていた。
どうして。そう言いたかったのは、最上川だけではない。
薔薇子から、『上七号』が『最上川 裕美』である確たる証拠を得るように依頼され、携帯会社に問い合わせた菊川警部。最上川より少し遅れたが、彼も同じ言葉を吐いていた。
「どうして、最上川さんが大塚 誠との関係性を隠し通せるつもりでいた、と?」
菊川警部が疑問を投げかけると、薔薇子はわざわざ海外ドラマのように肩を落とす。
「本気で聞いているのかい、菊川警部。竹内刑事が聞いてくるならまだしも、キミが、とはね」
彼女が呆れているのは声色で明白だったが、菊川警部の理解が追いつかないのも仕方がない。彼以外も全員が、薔薇子の推理と話の速度についていけていない状況だ。
聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥。そんな精神で問いかけた菊川警部だが、恥というよりも苦痛に近い返答を受け、次の言葉を吐きあぐねる。
そんな中、分厚い胸板の奥にポジティブと真っ直ぐさを兼ね備えた男、竹内が手を挙げた。
「じゃあ、僕が聞けばいいんですね! どうしてなんですか?」
彼のそんな明るさと前向きさを憎める者などいるのだろうか、と高松は竹内刑事を見直す。そのおかげもあり、薔薇子は話を進めた。
「・・・・・・まず考えるべきは、どうして最上川氏がこのカフェ『グラシオソ』にいたのか、だ。この後に及んで、『休憩するために入ったカフェで本を読んでいただけ』なんてことを考えている者などいないだろう? 言わずもがな、大塚くんを監視するためさ」
おそらくだが、薔薇子は竹内刑事の真っ直ぐさが『苦手』ではあるのだろう。わからないことの多い竹内だが、わからないことをわからないと素直に言える。そんな素直さを前にすると、言葉を失ってしまうのだ。薔薇子に『相手を攻撃しよう』という悪意がないからこそ、言葉を失う。一言も二言も多い薔薇子に対抗する適切な手段が、『素直な反応』なのだ。
話を『話』に戻そう。
最上川 裕美の目的は『大塚 誠を監視する』こと。高松は、聞き慣れない言葉を無意識に復唱する。
「監視・・・・・・」
「そう、監視さ、高松くん。大塚くんが誰と会い、何をするのか。それを監視するために、最上川氏は今日一日、大塚くんと旗本氏を尾行していた」
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