第70話 五月雨をあつめて早し最上川
「大塚くんを殺害したのは、最も彼に執着していた者だ」
愛憎。そんな言葉が高松の頭に浮かぶ。
愛は執着に変わり、執着の到達点が殺意。自分だけのモノにならないのであれば、殺してしまおう。殺せば、その瞬間から相手の命は自分だけのモノになる。一見すると歪んだ価値観に思えるだろうか。
実はこの思考は正しい。誤解なきように説明するが、『正しさ』や『正義』は勝利に依存する。どのような意見でも勝者が発せば、正義になってしまうのだ。そして、愛情から殺意への変化は、この世界に腐るほど存在する。広く見えて狭い世界で、人間の数はある程度決まっているものだ。その中で、大多数を取る意見は勝利したと言える。
とどのつまり、自然な心境の変化である。
「倫理観など捨てて考えてみたまえ」
薔薇子はそう続けた。
「行き過ぎた愛情は、最早殺意と言える。人間ってのは、いや訂正しよう。生き物には寿命が存在する。そんなものは当然だろう?」
愛について語る薔薇子は、やはり彼女らしくない。いつも、目の前にある事実だけを見つめる薔薇子とは思えない発言だ。だからこそ、高松や菊川警部は口を挟めずにいる。
「相手の限られた寿命、時間の中から、自分のために費やす時間を増やしたい。つまり、命を切り売りさせたいというものが、行き過ぎた愛情なのさ。求められた相手は、それに応えようと時間を作る。そうやって成り立つ関係もある。しかしながら、相手が時間を費やしてくれなかった場合どうする? そう、殺すのさ。殺してしまえば、永遠に自分だけのもの。この話に、倫理観や是非など介入させないでくれよ。野暮な話は求めちゃいない。事実、愛情が理由で起きている事件は、あまりにも多い。それだけの話さ。これは王隠堂 薔薇子の私見じゃあない。人間の特性の話」
薔薇子はそう言ってから、旗本へ視線を戻した。
先ほど、大塚 誠を殺害したのは旗本ではない、と言ったばかりで、どうして旗本に視線を送るのか。誰もが、薔薇子の次の言葉を待った。
たった一瞬の間だったが、呼吸を止めて数十秒経過したかのような息苦しさを感じる。
「そして残念ながら、大塚くんを最も愛していたのは、キミじゃあないんだよ。旗本氏」
「ふざけないで! 私はマー君を愛してた! だから、全部を受け入れて、耐えてたの」
「受け入れて? だったら、どうして大塚くんに嘘を吐かせていたんだい? と、まぁ、旗本氏と価値観について話すつもりはないよ」
何を言っているのか、とこの場にいる全員が口角を下げた。何度も旗本を怒らせておいて、自分から口論を降りる。自分勝手にも程があるのだが、これが王隠堂 薔薇子。彼女が誰かにペースを合わせることはない。
薔薇子は右足の義肢関節からギギと音を鳴らし、一歩前に出た。
「旗本氏以外にも、この話をしなければならない者がいる。そうだろう? 失礼を承知で呼ぼう。上七号・・・・・・最上川氏」
王隠堂 薔薇子の刺すような視線は、侍の剣筋のように移動し、聴衆の一人であった最上川 裕美に向けられる。
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