第67話 送り足
大塚が旗本の話に対して無関心に見えていたのも、単純に興味の問題ではなく、体調不良によるものだったのかもしれない。腹痛や吐き気によって、座っているだけで精一杯。けれど、不調を訴えることなく、黙っていた。もしかすると、『男として』なんてプライドが作用し、泣き言を言えなかった、なんてこともあり得る。だが、そもそも彼は、『男として』許されざることをしていたわけだが。
旗本は『マー君』の状態について話を続ける。
「でも、マー君はそもそもテンションが低い人だったし、体調が悪そうなのはいつものことっていうか・・・・・・体調悪いのかな、ってのもなんとなくだし。だって、席を立つ回数も、いつもよりちょっと多いくらいだったから」
大塚 誠が席を立ったのは二時間で六回。それが『いつもよりちょっと多いくらい』、だとするのならば、大塚は普段から席を立つことが多い男である。
トイレが近い、もしくは身だしなみを直している。考えられる理由はいくつもあるが、既に大塚 誠の『していたこと』を知っている高松の頭には、納得のできる『席を立つ理由』が浮かんでいた。
他の女性への連絡である。
少なくとも、大塚 誠には交際相手が八人いるはずだ。一人一人への連絡を少なくしていても、『1on1』の恋愛よりは、連絡の回数が必要になる。
これまでの情報から、高松でも推察できることだが、わざわざ言葉にはしない。旗本を気遣ってのことだ。
しかし、高松に身を寄せながら隣に立っている薔薇子にとって、気遣いなど『真実』と比べるべくもない、些少なことである。
「ふむ、他の交際相手に連絡をしていたんだろう。だが、そんな普段と比べても、席を立つ回数が多いということは、毒素が体を巡ってたと考えていい。そして、旗本氏。やはり、というべきか、当然というべきか。キミは大塚くんに『他の交際相手』がいることを知っていた。そうでなければ、席を立つ回数が『いつもよりちょっと多い』くらいで、『体調が悪いのかな』とは思わない。そうだろう?」
何故、追い打ちをかけるのか。いや、既に逆立っている毛を、丁寧に撫でて、さらに逆立たせていると言ってもいい。わざわざ旗本の口から『大塚 誠が浮気をしていた』と言わせたがる理由が、高松にはわからなかった。
「ちょっと、薔薇子さん。そんなこと言うと、また」
「また? 何だい?」
何だいじゃないだろう、と高松は呆れながら、目の端で旗本の姿を捉える。旗本は、手近にあった水入りのグラスを右手で強く掴んだ。
ほら、こうなる。そう思いながらも高松は、左足で体を前に押し出し、右足を薔薇子の前に置いた。一瞬遅れて、左足を右足に合流させる。剣道において基本の足運び『送り足』である。
何万回も繰り返し、体に染み付いた動きだ。
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