第66話 官名詐称

 もちろん菊川警部からの指示は、薔薇子の言葉を下に流したものである。大塚 誠が映画館で何度席を立ったのか。それは薔薇子が求めた情報だ。

 竹内刑事は手帳のページを何枚か遡り、報告を続ける。


「大塚 誠が席を立った回数は十三時から十四時までで三回。十四時から十五時までで二回。十五時から十五時十一分までの間に一回。二時間強で合計六度、席を立っていますね。監視カメラには、六度全てトイレに向かっているところが映っていました。回数としてはかなり多いですね。腹でも下していたんでしょうか?」


 報告の最後に竹内が付け足した言葉に、菊川警部が溜め息を吐いた。そんなことを言えば、薔薇子が反応するに決まっている。実際に、薔薇子は自分の顎を掴むようにして首を傾げた。


「もしかして、竹内刑事が警察官の制服を着ていないのは、刑事だからではなく懲戒解雇を受けたからなのかな? だとするならば、警察手帳は偽物。つまり、身分詐称にあたる。いや正しくは、刑法百六十六条、公記号偽造及び不正使用等及び軽犯罪法違反、官名詐称か。よし、菊川警部、逮捕だ」


 物騒な言葉を向けられた竹内刑事は、一瞬体を硬直させた後、身を乗り出すように右手を伸ばした。


「ちょ、ちょいちょーい、逮捕って。なんで僕が警察手帳を偽造するんですか。本物を持っているのに、偽造する意味なんてないじゃないですか」


 おそらく竹内刑事は、薔薇子が冗談を言っていると判断したのだろう。しかし、冗談ではない。彼女は、本心から竹内刑事が刑事であることに疑念を抱いているのだ。

 それに気づいた菊川警部は、呆れた様子で自分の部下に言う。


「竹内、そうじゃない。刑事ならばもう少し考えて発言しろ、と言われているんだ。いいか、大塚 誠の体から検出された毒物はタリウム。その毒の症状は腹痛や嘔吐だ。少し考えればわかるだろ。大塚 誠は、十三時の時点でタリウムを飲まされていた、ということだ」

「なるほど! そのために、何回席を立ったのか確認したんですね! 確かに、あまりにも多いし、不自然だと思ったんですよ。じゃあ、それ以前に飲んだものが怪しい、と」


 決して誉められたわけではないし、むしろ怒られていたはずの竹内だが、持ち前のポジティブシンキングを発揮し、話を進めた。

 薔薇子としては、そんな竹内刑事の前向きさが自分の感覚と合わないようで、首を傾げるばかりである。


「ふむ、言葉が通じないのか? Are you really a police officer?」


 英語で問いかけたとて竹内刑事に伝わるわけもなく、彼は軽く首を傾げるだけだった。


「大塚 誠が何度も席を立っていたことは、旗本さんも不思議に思われていたそうです。ですよね?」

「ええ、体調が悪いのかな、って。だからカフェに来てから、私が映画の内容を教えていたのよ。マー君はほとんど観れてなかったから」


 そういえば、と高松は思い出す。旗本はしきりに映画の内容を語っていた。ともすれば、ネタバレだと怒られても仕方がないほどに、興味なさげな大塚に語り続けていた。

 あれは、何度も席を立ち、内容を理解していなかった大塚への優しさだったのだろう。

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