第64話 葦澤 檸檬

「毒林檎もどきオオトカゲ?」


 薔薇子は納得がいかないような顔で、竹内に聞き返す。大塚、旗本両名の行動ではなく、観ていた映画のタイトルに注目するのは、薔薇子らしくない。と、高松は違和感を覚える。

 映画のタイトルなど、竹内刑事が話した情報の中で、最も薔薇子が興味を示さなそうなものだ。

 いや、と高松は首を横に振る。

 このカフェに来て、すぐに高松と薔薇子は『小説について』話をした。そう、薔薇子は小説が好きなのである。


「映画のタイトルが気になるんですか? 薔薇子さん。えっと、毒林檎もどきオオトカゲ、って確か小説が原作になってますよね。どっかで広告を見た気がします。確か作者は・・・・・・」


 高松はそう言いながら、記憶を探り始める。原作者の名前も、どこかで見たことがあるはずだ。アルバイト先の『梅原書店』にも小説があった気がする。しかし、記憶回路へと意識を伸ばすより先に、薔薇子が答えた。


「葦澤 檸檬(あしざわ れもん)だよ、その小説を書いているのは」

「あー、そんな名前でしたね。その名前を見た時、作家の名前は画数が多いな、と思ったんですよ。ミステリーの棚に何冊か並んでますよね。やっぱり小説が好きなんですね、薔薇子さん」

「いや、『彼』の小説は読んだことがないよ。件の毒林檎もどきオオトカゲとやらも読んではいない」


 再び高松は違和感を覚える。

 薔薇子が、不確定な情報を確定的に話すことなどない。けれど、薔薇子は葦澤 檸檬のことを『彼』と言った。葦澤 檸檬という名前だけでは男女の区別はつかない。そもそもペンネームである可能性を考慮すれば、作家の名前だけで男女を見分けることはできないはずだ。

 もちろん、薔薇子が知識として葦澤 檸檬のことを知っているという線も捨てきれないが、違和感は他にもある。

 

「もしかして、嫌いなんですか? 葦澤 檸檬って作家が」


 高松が問いかけたくなるほど、彼女は嫌悪に満ちた顔で『その名前』を口に出していたのだった。

 突然、高松に自分の感情を悟られたことに驚いた薔薇子は、元々大きな目を更に見開く。


「おや、どうしてわかったんだい、高松くん。私は、この通りミステリアスな美女だ。掴みどころがない、というのも薔薇子さんの強みなんだよ。まさか、キミに気づかれるなんてね」


 小さな小石に躓くなんて。そんな調子の語調のせいで誉められているのか、貶されているのかわからない高松。わからないなりに彼は、なんとか言葉を返した。


「薔薇子さんは確かにミステリアスかもしれないけど、結構顔に出ますよ。何考えてるのかはわからないけど、何を感じているのかはわかりやすいと思います」

「ミステリアスじゃあない。ミステリアスな美女、だよ、高松くん」

「今、ムッとしていますね。何を感じているのかは、わかりやすい、と言われて」

「雄弁な男はモテるが、多弁な男はモテないぜ、高松くん。まあ、でも、キミの言う通りさ。私は『葦澤 檸檬』って作家が『嫌い』なんだ、『昔』からね」


 薔薇子はそう答えると、話を無理やり終わらせるかのように、竹内刑事に「話の続きを」と促した。

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