第63話 毒林檎もどきオオトカゲ

 僕のお父さんはパイロットなんだ。そう話す子どものような目で、薔薇子を『探偵』だと言う高松。マスター金城の目には『楽しそう』に見えていた。

 もちろん、高松に自覚はない。人が亡くなった現場で楽しそうにするなど、不謹慎極まりないと思っているほどだ。


「楽しそうって、そんなわけないじゃないですか」

「だって、目輝かせてるで。キラッキラした目で、あの子を紹介するもんやからさ」


 マスター金城に目の光を指摘された高松は、慌てて何度か瞬きをする。現場に相応しい、粛々とした表情を浮かべると、納得したように小さく頷いた。

 こちらの会話などお構いなしに、薔薇子は話を続ける。


「さて、このカフェにタリウムを持ち込まない理由は、全員が納得したところだろう。では、大塚くんはいつどこで、タリウムという猛毒を飲まされたのか。竹内刑事、大塚くんの行動は既にキミが調べているね?」


 突然指名された竹内は、慌てて手帳を開く。


「あ、はい。旗本さんからカフェ『グラシオソ』前の行動をお聞きしております」

「その前の行動については?」


 薔薇子が追加で問いかける。薔薇子に蔑称として扱われる竹内だが、彼が苦手とするのは、その場で素早く、柔軟に思考することだ。実直にコツコツと調べる能力は高い。竹内刑事が周囲から『筋肉馬鹿』と呼ばれていることも、『積み上げる能力』の証明である。

 筋肉というものは、一朝一夕で身につくものではない。コツコツと、それこそ小さな石を積み上げるかの如く、時間をかけて得るものだ。

 そんな竹内刑事の素直な捜査を信頼し、薔薇子は情報の開示を任せている。


「旗本さんと会う前の大塚 誠の行動ですね。そちらについても、証言を得ていますよ」

「そうか、キミは『考えない葦』であるべきだな、竹内刑事」


 褒め言葉のような語調に誤魔化され、竹内刑事は満更でも無い顔をする。

 高松は苦笑しながら、それはただの葦じゃないか、と心の中で呟いた。

 更に薔薇子は、竹内に指示を出す。


「それでは、竹内刑事。まずは、旗本氏に会ってからの説明をお願いできるかな」


 言わずもがな、この場には旗本本人がいる。わざわざ竹内刑事に説明させるよりも、旗本に聞いた方が早い。誰かを介すよりも、本人に聞いた方が情報も正確だろう。だが、的確ではない。

 本人であるが故に、感情的になりすぎる、というデメリットを薔薇子は避けたのだった。

 先ほど、水をかけられそうになった経験からの学びである。

 さて、話を進めよう。進めるといっても、話すのは指名された竹内刑事だ。


「カフェ『グラシオソ』に来る前の大塚 誠、旗本さんの二人は、『パーマン』内にある映画館で、映画を鑑賞していたそうです」


 パーマン。仮面をつけたヒーローでも、緑色の野菜でもない。正式名称は『ハイパーマウンテン』、阿部市内で一番大きい複合商業施設のことだ。市民からは『パーマン』と呼ばれている。


「観ていたのは、『毒林檎もどきオオトカゲ』というタイトルのミステリー映画です。上映時間は二時間弱。映画館の受付スタッフが二人を目撃していますし、監視カメラ映像にも映っているので間違いないでしょう」

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