第62話 完璧の『ペキ』

 薔薇子の話が横道に逸れた時、いや横道どころか道草を拾い、天ぷらにして抹茶塩で嗜み始めた時、元の道に戻すのは高松の役目になっていた。薔薇子の方も、高松が話を戻そうとすれば、逆らうことはせず、素直に本題に戻る。彼女は推理を披露する際、多弁になると自覚しているのだ。


「ふむ、その通りだよ、高松くん。被害者である大塚くんが飲まされた毒は、タリウム。間違いなく猛毒ではあるが、即死するようなものではない。もちろん、被害者の体質や、飲ませる分量によっては、死亡までの時間をある程度操作することができる。だがしかし、そこまでしてこのカフェで殺す理由なんて、誰も持っていないんだよ」


 そう説明を受けた高松は、自分の中で情報を噛み砕く。

 実際に大塚 誠はカフェ『グラシオソ』内で亡くなった。それは事実だ。けれど、カフェで大塚 誠を殺したのは、計画的なものだったのだろうか。

 カフェで大塚 誠が死亡することで損をする者、得をする者。損をするのは被害者である大塚 誠とマスターの金城だろう。大塚は命を落とし、金城は店の評判を落としてしまう。

 では、それによって得をする者は誰か。カフェ『グラシオソ』に恨みを持つ者だ。


「大塚さんと『グラシオソ』に、同時に恨みを持つ人・・・・・・」


 考えながら高松はそう呟く。その言葉がすぐ隣にいる薔薇子の鼓膜だけを揺らし、そして彼女の心を揺らした。


「わかっているじゃあないか、高松くん。その通りだよ。キミにしては珍しく冴えているな。けれど、不正解だ。キミは正しく、不正解を出した」

「正しく不正解って」

「例えば、完璧の『ペキ』とか、『meetとsee』とか」

「ミートシー?」

「今、確実にカタカナで言っただろう。だが、高松くんがした間違いはそんなものさ。誰もがしそうな誤答を、あらかじめ教えてくれる。そんな満点大不正解。いいかい、高松くん。今、キミが言った条件は、『このカフェ内で大塚くんが亡くなって得をする者』の条件さ。カフェにタリウムを持ち込み、この場で殺す理由にはならない。だってそうだろう? この場で大塚くんに毒を盛れる者は、この場にいる者。すぐに怪しまれ、両手に手錠がかかる。毒殺のほとんどが計画的殺人であることを考えれば、そんなことはしないだろう。いや、するはずがない」


 つまり、だ。カフェ内で毒殺を行い、その場で大塚 誠が死亡すれば、すぐに嫌疑がかかる。彼女はそう言っているのだ。

 そして、それは聞いている誰もが納得できる理由だった。刺殺や撲殺であれば、衝動的に行う殺人もあるだろうが、毒殺は性質が全く違う。

 わざわざ疑われるような真似はしない。そういうことだ。

 薔薇子の発言に深く納得した高松は、関心の息を漏らしながら頷くばかり。

 そんな高松に対し、マスター金城がこっそり声をかける。


「な、なあ、高松くん。今更こんなことを聞くんも、おかしい話やけど・・・・・・ほんまに何者なん? あの子」

「薔薇子さんですか? えっと、何者・・・・・・」


 高松は答えに困る。他人に語れるほど、自分自身も薔薇子のことを知らないからだ。けれど、わかっていることが一つだけある。これだけは、自信を持って言える。


「探偵ですよ。事件専門の探偵です。それも、とびっきり優秀な」

「探偵って、そんな小説や映画じゃあるまいし」

「小説や映画とは比べものになりませんよ。だって、目の前にいますからね。臨場感が違います」


 すぐには信じられないような答えを聞いたマスターの金城は、錯綜する感情の中から顕著なものを、そのまま言葉にする。


「何か、楽しそうやな、高松くん」

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