第59話 不謹慎と不吉

 薔薇子から出た指示は大きく分けて二つ。一つ目はカフェ内にいる全員を集めることだ。

 元々それほど広くないカフェ『グラシオソ』の店内で、菊川警部や他の警察官を含め、全員が店の最奥近くに集められた。

 薔薇子は観葉植物の隣に立ち、さらにその隣に立っている高松の肩に体重を預けて、壁を背に演説でもするかのような佇まいでいる。

 いくらでも椅子があるのに、と思わないでもなかった高松だが、薔薇子がそうしたいと思っているのなら、足代わりを断る理由はない。大体にして考えてみれば、薔薇子は他人に上から目線で話されることを極端に嫌う性質がある。犯人を追い詰める語りの段において、椅子に座り、目線を下げたくはないのだろう。


「さて、お集まりの皆々様。黄昏時を過ぎ、人影すらも見つけられないこの時間に、不安を取り除いて差し上げよう。同じ空間内で突然起きた、人の死。大きな悲しみ。このままでは家に帰っても、ぐっすり眠れないんじゃあないのかな」


 薔薇子がそう語り出すと、マスター金城は不思議そうに首を傾げ、主に高松へと問いを投げる。


「あの子はカウンセラーでもしとるんか? こんな風に全員を集めて、不安を取り除くって言うても、これから先のことを考えたら、流石に笑ってられへんし、ぐっすり眠れへんわ」


 自分の店で人が死んだ。その事実は、店主にとってあまりにも大きい。悪い噂が流れ、人足が遠のく、なんて想像は誰にでもできるだろう。

 誰も言葉にしたがらないし、この発言自体がある程度『不謹慎』ではあるが、『人の死は不吉』である。この世にある『不吉』を突き詰めていけば、大抵が『死』に行き着く。『黒猫に横切られれば』だの『下駄の鼻緒が切れれば』だの、起こり得る偶然を人が恐るるのは、『死』が怖いからだ。

 つまり、『人が死んだカフェ』など『不吉』でしかない。マスター金城の心中は、曇り始めた未来でいっぱいだった。

 マスター金城を追い詰めるわけではないが、これは『人が死んだカフェ』で終わる話ではない。『殺人現場となったカフェ』が、この店に与えられる別名だ。

 だからこそ、薔薇子は妖艶に唇を開いた。


「安心したまえ、マスター金城。この店で『殺人事件』は起きていない。大塚くんは来店した時点で『死んでいた』のさ」


 彼女なりに金城へと希望を与える言葉のつもりだったが、マスターよりも先に、大塚 誠の交際相手である旗本が、感情を露わにする。


「何なのよ、アンタ! さっきからズケズケと! マー君は生きてた。この店に来るまでも、この店に来てからも生きてた! 死んでなんかなかったわよ」


 旗本の言い分は正しい。事実、大塚 誠はこの店に入ってから、自分でエスプレッソを頼んでいたし、旗本にエスプレッソを勧めもした。死んでいた、なんて話を受け入れられるほど、今の旗本に心の余裕はないのも、彼女が感情的になった理由だ。

 しかし、薔薇子の言い分も正しい。


「落ち着いてくれないかい、旗本氏。私が言っているのは、『大塚くんを殺害した時間』の話をしているんだ。犯人が大塚くんを殺害したタイミングは、カフェ『グラシオソ』来店前だ、と言っているのさ」


 そう話す薔薇子だったが、高松は隣で『まただ』と違和感を抱く。

 昨夜もそうだったが、薔薇子の視点は何故か『犯人側』にある。『殺害した時間』と表現するのは、『犯人』だけなはずだ。

 美しく、存在感があって、儚げで、棘があって、熾烈で、どこか濁っている。支離滅裂な薔薇子への印象が、高松の胸の中で『失ったはずの記憶』と、化学反応を起こし妙な熱を持っていた。

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