第57話 imagine

 イメージで毒について語った高松の論を、知識で正した薔薇子だったが、『タリウムが無味無臭であること』と、『カフェ内で殺人が行われていない』ことに直接的な因果関係はない。

 もちろん、菊川警部はそれに気づいていたし、実際に言葉にもした。


「タリウムが無味無臭であることと、このカフェで大塚 誠がタリウムを摂取していないこと。そこに大きな繋がりはないだろう。確かに、エスプレッソに混ぜなければならない理由はないが、エスプレッソに混ざっているかどうか、調べればすぐにわかることだ」


 そう言われた薔薇子は、呆れ返ったように口角を下げて見せる。


「まったく、キミたちは『穴の空いたお玉』なのかな? ああ、救いようがない、ってことさ」

「・・・・・・」

「・・・・・・」

「ふぅ、やっぱり私にはユーモアのセンスがないようだ」


 自分なりに渾身のジョークを、無反応で返された薔薇子は、凹むことなく話を続けた。


「警察が『満足』のために調査をするのは勝手だし、私は止めないけれど、この事件において最も優先すべきことは『時間』なんだよ、菊川警部。珈琲は淹れてからすぐに香りが落ち始める。飲むのが早ければ早いほど、正しく味わうことができるのさ。いいかい、毒殺の恐ろしいところはね、証拠の隠滅が容易いことさ」


 薔薇子はさらに語る。


「想像してごらんよ」


 その口調は、歌うようでもあった。その言葉の後に、世界平和とか近しい者への愛とか、そんなものを唱えそうな雰囲気を持っている。しかし、彼女が語るのは、毒殺後の行動だ。


「殺害に必要なものは、被害者、加害者、動機、凶器。ほとんどの殺害方法では、被害者の体に凶器の痕が残る。当然、毒殺においても残る。だが、毒殺は先ほども言ったように、毒の判別が極めて難しい。刃物なのか、鈍器なのか、はたまた縄なのか、加害者の手なのか。他の殺害方法であれば、得られる証拠が得られない可能性を孕んでいるんだ」


 話を聞くしかできない高松には、薔薇子が何を言いたいのかわからなかった。毒殺において『死因』を判明させるのが難しい。確かにそのことについては理解できるが、今回に限り、既に毒の種類はわかっている。

 可能性だけの話で、難解さを説くなど薔薇子らしくはない。

 そんな高松の違和感を解すように、彼女は話を続けた。


「そもそも毒殺は、病死であると判断される可能性すらある。その上、他の殺害方法よりも凶器の処分が容易なのさ。たった一グラムで命を奪う粉。行いの正しさなど風船に括り付けて、空に飛ばしてから考えてみるといい。家の排水溝に流してしまえば、もう誰も見つけることはできない。トイレ、川、側溝、それこそ地面に撒いたっていい。風が全てを消してくれる」


 なるほど、と高松は心の中で頷く。時間が経てば経つほど、証拠を見つけることが困難になる、ということだ。

 刃物や鈍器などは、捨てたとしても埋めたとしても、見つけられる可能性はある。だが、無味無臭の粉末をどのようにして見つければいいのか、彼には想像もつかなかった。

 無駄だとわかっている調査で、時間を浪費するな。薔薇子は非常に理に適った発言をし続けていたのである。

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