第56話 狡猾な成分
そもそも毒殺や服毒自殺において、毒の判別は容易ではない。
毒や『毒になる量、毒になり得る状況にあった薬』の入っていた容器が見つかった。毒の混じった飲み物がそばにあった。等、毒の種類を判別する強力なサンプルがない限り、短時間での判別は不可能だ。
司法解剖を行ったとしても、この世に数多ある毒から命を奪った特定の成分を探し出すのは、非常に骨が折れる。
今回、こんなにも早く警察が毒の種類を判別できたのは、薔薇子からの助言があったからである。
大塚 誠が死亡した際の状況。その苦しみ方。彼女は全てを記憶し、自分の知識の中から該当しうる毒を幾つか挙げた。薔薇子が挙げた候補の中に、タリウムもあったのだ。
「殺人・・・・・・」
薔薇子の言葉を繰り返してみる高松だったが、『殺人』自体にそう驚くことはない。薔薇子が身を乗り出し、推理を始めたと時点で、ある程度『殺人事件』であると受け入れていたからだ。
高松の言葉は意味合いとして、『やっぱりそうだったのか』に近い。
「タリウムについての説明は必要ないようだな」
菊川警部は自分の手帳を広げ、話を再開する。
「今現在、大塚 誠の行動を遡るように捜査の手を伸ばしている。まずはこの店。カフェ『グラシオソ』内に、タリウムの混じった飲み物や、タリウムの痕跡がないか。それからだな」
菊川の言葉を聞いた薔薇子は、軽く首を傾げて腕を組んだ。
「キミは本当に無駄な行動が好きだな、菊川警部。床板をひっくり返そうが、天井を剥がそうが、この店からはタリウムなんて出てこないさ。徳川埋蔵金があると信じ、穴を掘り続けることの浪漫は理解できるけれど、ない場所を掘り続けることに意味はない。掘った穴に木でも植えて、地球上に緑を増やしてくれるのなら別だけどね」
「・・・・・・どうして、この店にタリウムがない、と? タリウムについては、専門家から意見を貰っている。タリウムを摂取してから症状が出るまで、十分から数時間。大塚 誠が死亡した時間は十六時五十四分だ。店主である金城氏に確認したところ、大塚と交際相手旗本が来店したのは、十六時過ぎ。この店でタリウムを摂取した可能性はある」
強めの反論を受けた菊川警部は、データを基に言い返した。この店でタリウムを摂取した可能性を捨てる理由がわからない。むしろカフェである以上、何かを口にしたはずだ。タリウム摂取が可能なタイミングは、他の場所よりも多い。
二人の言い合いを聞いていた高松は、完全な素人意見として口を挟んでみた。
「この店のお勧めはエスプレッソだし、毒が混じっていても気づかない可能性は高そうですね」
何気なく呟いた彼の私見。馴染みのない毒への、漠然としたイメージに過ぎない発言だったが、薔薇子の琴線に触れたらしい。
「何を言っているんだい、高松くん。もしかして、毒は全て苦いとでも思っていないか?」
「いや、なんとなくイメージで。人間は食べちゃダメなものを吐き出す、みたいな話ないです? 腐ったものが酸っぱく感じるように」
「それも間違っちゃあいないが、こうも言うだろう? 『良薬口に苦し』ってね。その逆もまた然り。毒ってものは、狡猾な成分。毒を持つ植物や生物ほど、美味しいってことも大いにあるのさ。そして、タリウムは『無味無臭』なんだよ。わざわざエスプレッソに混ぜる必要がない」
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