第53話 王隠堂 薔薇子は『愚か』を嫌悪する
大塚の自堕落かつ他者を傷つける倫理観について、誰もが嫌悪を覚えるところだろう。そしてその結果、彼は殺された。そう考えると、大塚の悪意を知らずに『交際』していた者は全員容疑者だ。
彼の罪と死には大きな因果関係がある。だが、彼の罪と『彼を殺した罪』は別問題。
「言葉にできないほどの落胆と、身を焦がすほどの怒り。騙されていたことに気づいた女性の心中を察するのは、それほど難くない」
そう薔薇子は言う。そしてこう続けた。
「けれど、殺すべきではなかった。繰り返しになるが、復讐の方法など、いくらでもある。あまりにも短絡的な解決方法だよ。殺したいほどに傷ついた、と理解しながらも敢えて言おう。私、王隠堂 薔薇子は『愚か』を嫌悪する。どれだけ憎くとも、人を殺すのはこの世界で最も愚かなことだよ。そう思わないかい、高松くん。だって、そうじゃないか。相手をそれ以上、苦しめられないのだから。本物の怨みに対して、死など生ぬるい」
薔薇子の言葉は、いつものように刺々しい何かがあった。だが高松は、その言葉の奥に『小さな棘』では表現しきれないほどの、強い感情の色彩を覚えた。何より奇妙だったのは、そう語っている薔薇子の表情がひどく穏やかなことである。
まるで『ごきげんよう』と挨拶するご令嬢のように、落ち着いた微笑みを浮かべていた。
まだまだ薔薇子のことは理解しきれていない、と改めて思い知る高松。
「薔薇子さん・・・・・・いや、っていうか連絡先のリストを覚えているのなら、携帯電話を持っていかれても拗ねることないじゃないですか」
高松は言葉の途中で気づいたことを、そのまま口にする。
すると薔薇子は、再び頬を膨らませかねない表情で小さく唇を開いた。
「警察の言う通りにするのは、腑に落ちないのさ、高松くん」
「薔薇子さんだって、父さんとか竹内刑事とか警察官に指示するじゃないですか」
「私が警察官を動かすのは、問題ないんだよ。鵜飼いが鵜に指示をするのは、ごく自然なことじゃあないか」
「すっごいこと言いますね」
警察官のいる空間で警察官を『鵜』に例えるなど、中々できることではない。言葉を付け足すなら、これは褒め言葉ではない。
「ともかく」と薔薇子が話を進める。
「今、私に必要な情報は二つ。毒の種類と『七号』の詳細だ」
「毒の種類はともかく、七号ってこのリストにある上七号のことですか?」
高松は手書きのリストを見ながら聞き返した。
友人の紹介で大塚と出会った『上七号』、火曜日深夜の『交際相手』である。
七人もいるはずの容疑者の中から、どうして上七号の詳細だけを欲するのか、高松には理解できない。状況から考えるのなら大塚の浮気を知っていて、このカフェでも一緒にいた旗二号、旗本を調べるべきだろう。
不思議そうな表情で話を聞く高松に対し、薔薇子は妖艶な視線を向けた。
「キミが思っている以上に女は強かなのさ、高松くん。不貞行為を『火遊び』なんて言葉で例えることがあるけれど、火傷じゃあ済まない。女を相手にする時は、命懸けで。これが大原則だよ」
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