第51話 二つの条件

 大塚 誠が『殺害』された、と仮定した場合、容疑者になり得る人物。その条件は大きく分けて二つだ。一つ目は大塚 誠に殺意を抱きかねない人物。即ち動機の有無である。

 二つ目は大塚 誠と親しい人物。

 そもそも『毒殺』は非常に難しい殺害方法だ。他の殺害方法と比べ、腕力や暴力的な行動を必要としない為、簡単なようにも思える。自らの手で命を奪う感覚もないので、比較的罪悪感を抱えづらいとされている。

 しかし、殺す相手の信頼を得るか、隙を突き毒を盛る必要があるため、冷静な思考が求められるのだ。毒の入手も咄嗟にはできないため、計画的に進めなければならない。

 以上、二つの条件を満たす者の名簿が、大塚の携帯電話には入っていた。連絡先である。


「これは大塚くんが交際していた女性のリストだよ」


 薔薇子はそう言いながら、『漢字と番号の組み合わせ』を菊川警部に見せた。刑事である彼は、私見を介入させぬよう連絡先に目を通し、一言「先ほど駿と話していたのは、コレのことか」と呟く。

 刑事として冷静に思考する菊川警部の目から見ても、複数の女性を欺き同時に交際していた場合、女性たちの『殺意』に繋がると判断し、大塚の携帯電話は証拠品として制服警察官に押収されてしまった。


「持っていかれてしまいましたね。まぁ、被害者の携帯電話だし、当然っちゃ当然か」


 高松は、携帯電話を失った薔薇子の右手を見ながら言う。

 普通に考えれば当然の結果なのだが、薔薇子はいじけたように唇を尖らせていた。


「わざわざ警察署で調べずとも、一つずつ電話を掛ければ済む話じゃないか。石橋を叩いて渡ると言えば聞こえは良いし、石橋を叩きすぎて壊してしまうなんて言うつもりはないけれど、石橋を叩いている内に日が暮れて目的地を見失う可能性は、充分にあるとは思わないかい、高松くん」

「えっと、薔薇子さん?」


 まるで玩具を取り上げられた子どものように、彼女は不満を表情で主張していた。すんなり携帯電話を手放したのは、薔薇子なりに規則を重んじたということなのだろう。しかし、彼女の中で『証拠品を手放す』ことに対するストレスは消えていないらしい。

 不機嫌な薔薇子に毒ある言葉を吐かれては堪らない、と高松はフォローすべく口を開いた。


「まぁまぁ、連絡先に入っていた名前のリストなら、すぐにでも父さんか竹内刑事に送られてくるんじゃないですか? そうすれば、携帯電話があるのと変わりないですよ」

「何を言っているんだい、高松くん。キミはブレることなく頓珍漢だな。芯がある。芯のある真・頓珍漢という称号を授けよう。大塚くんの連絡先に入っていた情報なんて、全て記憶しているよ」


 軽々に答える薔薇子だったが、その内容は驚くべきものである。大塚 誠の連絡先に入っていた『交際相手』と思われる電話番号は九つ。薔薇子に『マメな男』と言わせるだけはあり、大塚はそれぞれの連絡先に、誕生日や関係のある日付、相手との関係性、数行のメモを書き込んでいた。

 あの短時間で『全て記憶した』なんて信じられない。だが、薔薇子なら成すと思わせられてしまう。それ自体が異常だ。


「そんな称号はいりません。え、全てを記憶・・・・・・って名前や番号だけじゃなく、まさか書き込まれていた内容もですか?」

「言っただろう、高松くん。脳の容量は無限じゃあない。だからこそ、必要のない知識を捨て、必要な知識と記憶を詰め込むべきなのさ。ああ、キミの質問に答えよう。イエスだ。大塚くんの交際相手に関する情報は全て記憶しているよ。ノートとボールペンを出してもらえるかな」


 薔薇子に言われた高松は、机の上に勉強用のノートと筆記具を出す。彼女はそれを使用し、スラスラと何かを書き始めた。思い出すような素振りも、迷うような合間もない。淀みなくペンを走らせると、書き上げたリストを高松に見せた。

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