第50話 悪魔の証明

 カフェ『グラシオソ』内で毒によって死亡した大塚 誠の遺体は、検死を行う為に外へと運び出される。新たに現れた鑑識班の作業が始まる中、竹内刑事は事件当時にカフェ内に居た矢野、最上川、旗本、マスターである金城に事情聴取を開始。

 高松と薔薇子の話は、菊川警部が聞くこととなった。


「それで、我々警察よりも先に調べていたようだが、何がわかったんだ?」


 菊川警部は黒革の手帳とボールペンを持って二人に問いかける。ボールペンの使い込まれた風合いは、様々な事件現場で情報を書き留めた証拠だ。

 昨夜と同じことだが、菊川警部に質問に対して薔薇子は多弁になる。それも刺々しく、だ。


「ふむ、『我々警察』と言ったかい? 菊川警部。まるでキミが警察を代表しているような言い方だな。キミはただの地方公務員でしかない。国民に対して偉そうな物言いは、日本警察の悪しき風習とも言えるよ。国家権力を自らのものだと勘違いし、様々な問題を産む。正しい志で職務を全うする警察官の足を引っ張る行為だとは思わないのかな? 手帳の旭日章は『東天に昇る、かげりのない、朝日の清らかな光』を意味しているんだ。恥じることのない、清らかな気持ちで臨むべきじゃあないのかな」


 薔薇子の言葉を聞いた菊川警部は、気だるそうにボールペンの尻で側頭部を掻いた。


「偉そうにしたつもりはない。ただの質問だ。私は清らかな気持ちで事件に臨んでいる。何に恥じることもない。王隠堂さんと言葉遊びをするつもりなんてないんだ。それよりも、だ。王隠堂さんは、大塚 誠の死亡を『毒殺』だと考えている。間違いないか?」

「いいや、間違っているよ、菊川警部。私は『毒殺』だと『確信』している。考えているわけじゃあない」


 確認の問いかけを否定された菊川警部。だが、彼の求める答えは、疑念の濃度ではない。何故、薔薇子が『毒殺』であると考え始めたのか、である。


「・・・・・・何故、毒殺だと? 病死の可能性もまだ捨てきれない。アレルギーや発作、可能性だけの話をするなら、大塚 誠の自殺という線もある。明らかになった真実がない限り、それ以外の全てが可能性として存在するはずだ」

「菊川警部、キミは一週間前の朝刊を大切に取っておくのかい?」


 濁った湖の底のような目で薔薇子が言う。


「何の話だ」

 

 菊川警部としては、薔薇子にそんな目を向けられる筋合いがない。事件を捜査する警察官として、思い込みで状況を絞り込むのは危険すぎる。様々な角度から事件を見る必要があった。

 そもそも誰も朝刊の話などしていない。

 当然すぎる菊川警部の聞き返しに薔薇子が答える。


「必要がないものはさっさと捨ててしまうに限る、という話だよ。時間も、場所も、脳の容量も無限じゃあない。いいかい、菊川警部。病死であるのならば、キミたち警察が大塚くんの身元判別を行った時点で、持病やアレルギーについての情報が入ってくるだろう。それとも何だい、まだ身元判別をしていないとでも?」

「・・・・・・いや、大塚 誠の免許証から身元判別は終えている」

「それならば病死である可能性は極めて低いことがわかるだろう。人の生は保証されているものではないから、絶対ではないのは前提だ。そして自殺だが、わざわざカフェを選ぶ理由はない。それに自殺をするのなら、自分にとって不都合な情報は消しておくべきじゃあないかな。つまり可能性は極めて低いということさ」


 話を聞いていた高松は、大塚の携帯電話に残されていた『彼にとっての不都合』を思い浮かべる。

 さらに薔薇子の言葉は続いた。


「私は常々『悪魔の証明』について、疑問を抱いているんだよ。悪魔だと証明する方法がないから、悪魔だと証明しきれない・・・・・・なんてことはない。相手を悪魔だと決めつけ、逃れきれないほどの証拠を並べ立ててやればいい。尻尾でも、翼でも、牙でも、爪でも、思想でも、思考でも、犯行でも、隠し切ることはできやしない。情報が何一つなければ、悪魔であっても悪魔じゃあないだろう? 仮に人間であっても、悪魔のような行動をしていれば悪魔でいい」


 そんな持論を聞いた高松は、自然とこう問いかける。


「結局、証明できなければ悪魔じゃないってことですよね。それじゃあ元々の『悪魔の証明』と変わらないんじゃ」

「いいや、違うよ、高松くん。日本語のリスニングは的確に行いたまえ。私は、悪魔だと証明できないから諦める、ではないと言っているんだ。まずは悪魔だと決めつけること。証明できないかどうか、自分で確かめる前から『悪魔の証明』を持ち出す愚かさを憂いているのさ、薔薇子さんはね。可能性として、大塚くんが何者かに毒を飲まされた可能性が高い。それならば、その方向で考え情報を集めるべきなんだよ。間違っていれば、頭を下げればいい。増長したプライドなど、溝に捨てるところから始めるんだ。それが正しい『悪魔の証明』だよ」


 薔薇子はそう言ってから、難しい顔をする菊川警部に鋭い視線を送る。


「疲労感を漂わせる前に、これを見たまえ、菊川警部。これほど容疑者がいれば、キミの考えも変わるだろう」


 彼女が菊川警部に見せつけたのは、大塚の携帯電話だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る