第48話 女を舐めないでもらいたい

 現在その言葉の残酷さを理解しているのは、薔薇子と制服警察官によって担架の上に寝かされた大塚だけである。

 薔薇子は携帯電話を操作してから『旗二号』という連絡先の画面を、高松に見せた。


「旗二号? これも他の連絡先と同じようなものですね」

「ここを見たまえ、高松くん。携帯電話の連絡先には『備考欄』というものがある。誕生日や関係のある日付、相手との関係性、そして数行のメモ」


 言いながら薔薇子は、携帯電話上で情報を深掘りする。

 その連絡先『旗二号』に登録されていた情報は、次の通りだ。

 誕生日十二月二十日。出会った日十月五日、マッチングアプリにて。関係性、水曜日。

 さらに自由に記入できるメモには『口数が多い』『映画好き。特にミステリー』『好きな色は赤』『結婚願望あり』『本名、旗本 アリサ』と書かれている。

 

「旗本・・・・・・もしかして旗本 アリサって、旗本さんのことですか?」


 高松が問いかけると、薔薇子は鼻から呆れたような吐息を漏らした。


「考えるまでもなく、そうだろう。口数が多く、ミステリー映画の話をし、大塚くんの死後間もないというのに『結婚』という言葉を口にする。そんな旗本氏が他にいると思うかい?」


 確かにその通りだ。だが、何のために大塚は旗本を『旗二号』と登録していたのか。意味がわからず高松は首を傾げる。

 

「どうして大塚さんは・・・・・・」

「人とは横暴で、横柄で、強欲で、利己的だってことさ。大塚くんにとって旗本氏は『旗二号』でしかない。そういうことだろう。他にも並んでいる名前と、同価値だったのさ」

「まさか、大塚さんの他の彼女って」

「ああ、珍しく高松くんが察した通り、他の連絡先にも様々な情報が書かれていたよ。『漢字と番号の組み合わせ』は全て女性だ。大塚くんが交際していた女性たちだよ」


 死者の墓を暴くような行為だが、大塚の破滅的な交際関係に絶句する高松。同時に多くの女性と交際していることが受け入れられず、何も反応できずにいた。

 その間にも薔薇子は、表情を変えずに推理を進める。


「人との関わり方は、人の数だけある。当人同士が納得していれば、複数人と交際していようが問題はないさ。だが、旗本氏の反応を見る限り、少なくとも彼女は大塚くんに他の交際相手がいることを知らなかっただろうね。おそらく他の女性も」

「やっぱり、他の女性も知らなかったんでしょうか?」

「何を言っているんだい、高松くん。大切なことだから教えておいてあげよう。番号で呼ばれて喜ぶ女はいないよ」


 当然だ。物のように番号で管理されることを知って、良い気分でいられるはずがない。

 さらに薔薇子は言葉を続ける。


「あまり女を舐めない方がいい。女には毒があるからね」


 毒殺されたであろう大塚の前で、そんなことを言うのは不謹慎だ。連絡先の話を聞くまでの高松なら、そう思っていただろう。けれど、大塚を擁護する気にはなれなかった。


「薔薇子さん・・・・・・」

「けれど罪は罪だ。不当な扱いに怒ったのであれば、不当な手段に出るべきではない。社会的に大塚くんを殺す方法なんて、いくらでもあるだろう。大塚くんに毒を飲ませた犯人は、復讐を果たせただろうか? 失った自尊心を取り戻しただろうか? 否。復讐をし、自尊心を取り戻す機会を失ったのさ。被害者から加害者になってしまったのだから」


 薔薇子の口調はいつも通り。だが、彼女の表情はどこか悲しげにも見える。

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