第47話 サボテンと海月

「なんでもないですよ。それより、亡くなった大塚さんに別の彼女がいたことは、マスターから聞いたんですか?」

「いいや、金城マスターはずっと事情聴取を受けていた。聞けるはずがない」


 確かにマスターは、先ほどまで竹内に話を聞かれていた。薔薇子と会話をするタイミングなどなかっただろう。


「それじゃあ、どうして大塚さんに別の彼女がいたことを」


 不思議に思った高松が問いかけると、薔薇子は呆れたように目を細めた。


「やれやれ、キミは質問ばかりだな、高松くん。少しは自分で考えることをしないなら、サボテンと同じだよ」

「愛され植物じゃないですか。食用のサボテンもあるし、可能性は無限大ですね」

「私は初めて残念なポジティブシンキングを目の当たりにしたよ。自ら考え、何かを生み出さないのであれば、知能指数が二だと言っているのさ。サボテンに知能指数が定められているのは、棘が評価されてのこと。外敵から身を守りつつ、水分の蒸発を防いでいるからね。環境に合わせられるだけの問題解決能力は、即ち知能だ。おや、サボテンの知能指数は侮れないじゃないか。失礼、高松くん。キミは海月だ」


 薔薇子の口調から察するに、海月の知能指数はサボテンよりも低いのだろう、と高松は苦笑する。ちなみに海月の知能指数は、サボテンの二十分の一だ。


「それで、どうして大塚さんの爛れた交際関係を知ったんですか?」


 改めて高松が問いかけると、薔薇子はゴム手袋をした手で携帯電話を掲げる。

 近頃の携帯電話は、随分とシンプルなデザインの機種が増えてきた。そのデザインで誰の持ち物か言い当てるのは難しい。しかし、薔薇子が掲げた携帯電話には、悪魔を模したステッカーが貼られている。薔薇子のイメージとはかけ離れたデザインのステッカーだ。


「これだよ、高松くん」

「これって・・・・・・もしかして、大塚さんの携帯電話じゃあ」

「そりゃそうだろう。私に悪魔崇拝の趣味はない」

「悪魔崇拝って、確かに悪魔のステッカーですけどね。これはバンドのステッカーですよ。最近流行ってるロックバンド『BAO・BAB』のステッカーだと思います」


 話に上がった『BAO・BAB』はSNS上で人気を得た、四人組のロックバンドである。直情的な歌詞が若者の心を掴み、それこそ悪魔崇拝の如くカルト的なファンを多く抱えている。


「ふむ、ロックバンドなのか」


 薔薇子は感心したように呟く。


「私が知らないことを高松くんが知っているなんて、驚きだよ。音楽にはとんと疎くてね。大塚くんはその『BAO・BAB』のファンだった。一つの情報として受け取っておこう」

「じゃなくて、どうして大塚さんの携帯電話を薔薇子さんが持ってるんですか」

「机の上に置いてあったから、だよ。もちろん、暗証番号によるロックがかかってはいたが、四桁の数字など、私には知恵の輪も同然。まったく、現代人の危機管理意識の低さには辟易するよ」

「薔薇子さんも現代人でしょう。というか、一万通りもあれば安全だと思いますよ、誰だって。じゃあ暗証番号を解いて、中を見た、と?」


 諦めと呆れを混ぜ合わせたような顔で、高松が問いかけると薔薇子は褒められた子どものように話を続けた。


「ああ、その通りだよ、高松くん。すると大塚くんがマメな男であるとわかった」

「マメ?」

「なんだい、高松くん。マメさはモテる秘訣だよ。つくづくモテそうにないな、キミは」

「俺がモテない話はもういいですって。どうして大塚さんがマメだってわかったんですか」


 薔薇子は素早く携帯電話を操作すると、連絡先の画面を表示した。

 そこには、おおよそ人の名前とは思えない言葉が並んでいる。

 例えば『芝八号』や『坂六号』など、漢字一文字と番号を組み合わせた言葉だ。


「芝八号? 坂六号?」


 意味がわからない高松は、訝しげな表情を浮かべるばかり。

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