第45話 証言

 最奥のテーブル席に座っていた中年男性、矢野の証言。


「矢野 雅史、四十五歳。食品加工会社に勤めている。このカフェには週に二回か三回、通い始めて一年になる。どこから見ていたかって、あの彼女が叫び始めてからだ。気づいたこと? 男の方は何回か見たことあるな。多分、常連の一人だと思う」


 カウンター席の最奥に座っていた眼鏡の女性、最上川 裕美の証言。


「最上川 裕美、二十九歳よ。これは何の質問なの? 子どもの探偵ごっこに付き合うつもりはないんだけど。え、警察の関係者? どう見てもただの学生じゃない。昨夜の事件って、駅前ホテルの件? ええ、知ってるわ。もう、わかったわよ。それで、何が聞きたいの? このカフェに来たのは初めてよ。駅前を歩いていて、休憩するために入っただけ。ちょうど読みたい本もあったしね。さっきの男性と同じく、私も声が聞こえてから振り向いたわ。何も見てないのと同じよね」


 カフェ『グラシオソ』マスター、金城 東亜の証言。


「どないしたん、高松くん。そりゃ店で人が亡くなったのにはたまげたし、心配やけど、まだ原因は分かってないやろ。保健所とか来るんかなぁ。そうなると店は休まなあかんし、困ったなぁ。俺の名前? 今更やなぁ。金城 東亜、三十七歳。亡くなったマー君、大塚 誠くんは一年くらい通ってる常連さんや。まぁ、こんなことを言うのはアレやけどな、大塚くんは『百面相』なんよ。いや、百は言い過ぎかな。旗本さんには聞かせられへんことやけど、毎回違う女の子を連れてくるんよ。女癖の悪ささえなければ、いい子やねんけどな」


 マー君こと大塚 誠の交際相手、旗本 綾の証言。


「・・・・・・こんな時に、何を聞こうっていうの。マー君が死んじゃったのよ・・・・・・私、私・・・・・・どうすればいいのか。だって、ずっと元気だったんだもの。持病があるなんて話は聞いたことがないわよ。半年以上付き合ってるけど、そんな様子はなかったわ。それなのに・・・・・・こんなのってない。だって、もうすぐ結婚するって話してたのに!」


 高松の父、菊川警部の不満。


「一体どうして、二日連続でお前たちがいるんだ。しかも事件現場に、な。それに竹内が聴取をしたところ、全員が『高校生の男の子に話した』と答えている。言い飽きた言葉だが、王隠堂さんと駿に改めて言おう。またか」


 高松が店内にいた四人に話を聞き、昨夜のように薔薇子へ『物真似』を披露した後に、警察が到着した。現れたのは菊川警部と竹内刑事、制服警察官が二人。

 もちろん、警察が来る前に高松は薔薇子から「話を聞くといえば、メモを取るんだよ、と昨夜教えておいたはずじゃないかな?」と軽い叱責は受けている。そういったやりとりは終えた後だ。

 菊川警部の顔を見た薔薇子は、対抗するように呆れた表情を浮かべる。


「この辺で何かが起これば、菊川警部と竹内刑事しか来ないのかい? またか、はこっちのセリフだよ。たまには優秀な警察官を拝ませてもらいたいものだ。だが、やり易さはある。幸運だったね、菊川警部」

「王隠堂さんにとっての『やり易さ』だろう」

「そうさ、それ以外に必要なことはあるかい?」

「他人への配慮だ」


 薔薇子と菊川警部。二人ならではの挨拶を終えると、警部の方がため息を吐いた。


「たっく、昨夜の事件を処理しなきゃならないってのに。王隠堂さんがそこまで出張るってことは、これもまた『事件』ってことか」

「何を当たり前なことを確認しているのかな。どう見ても事件じゃないか、これは」


 あっけらかんと答える薔薇子。だが、『どう見ても』の意味は彼女にしかわからない。間違いなく不審死ではあるが、事件と結論づける要素は見当たらない。

 薔薇子と話をしていると、漠然とした不安に襲われることがある。まるで全てを見通しているかのような彼女の瞳が、そうさせるのだ。

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