第44話 前身あるのみ
また、高松が聴取することによって、警察との余計な会話を省くことができる。薔薇子にとって『無駄の省略』は非常に重要な事項だ。限りある思考力を推理に注力することで、彼女の真価は発揮される。
その上、薔薇子は人との会話が不得意だ。人当たりのいい高松が事情聴取を請け負えば、時間を短縮することもできる。これは理に適った、効率的な役割分担。
昨夜と同じことを依頼された高松は、躊躇せずに返答する。
「分かりました」
まず高松は、マー君と一緒にいた女性に話をしようとする。しかし、泣き崩れ取り乱している彼女に話しかけるのは難易度が高い。マー君との関係や、死の間際について尋ねるのなら尚更だ。
多少落ち着いてもらわないと話を聞くことすらできないのだが、今すぐにこの女性が落ち着くとは思えない。そこで高松は、警察への通報を終えたマスターに声をかける。
「あの、マスター」
「あ、ああ、警察ならすぐに来てくれるって言うてたで」
自分の店で死者が出たことに動揺を隠せないマスターは、話を聞く前に答えた。けれど、高松が声をかけたのは、警察への通報を確認するためではない。
「ありがとうございます。もう一つお願いがあるんですけど、あの女性に新しい水を出してくれませんか? 当たり前ですけど、落ち着けないみたいなので」
「そうやな。大塚くんが亡くなったばかりやし、旗本さんが取り乱すんも無理ないわ」
そう言いながらマスターは、水を用意する。
今の会話から高松は、亡くなったマー君が『大塚』、泣き崩れている女性が『旗本』であることを知った。そして、どうやらマスターはこのカップルについて、多少は知っているらしい。
いざとなれば女性の話はマスターに聞けばいい、と高松は彼女のことをマスターに任せ、最奥にいた中年男性と眼鏡の女性に歩み寄る。
「こんな時にすみません、少しお話を聞いてもいいですか?」
高松が声をかけると、眼鏡の女性は怯えた様子で口を開いた。
「こ、こんな時に何を言ってるのよ。目の前で人が一人死んだってのに、何を話せって言うの?」
確かに彼女の言う通りだ。人が苦しみ絶命した直後で、前向きに行動する方がおかしい。高松自身もそう思う。けれど薔薇子を見ていたら、行動しない方がおかしいように感じられるのだ。
「すみません、戸惑うのも当然ですよね。でも、もうすぐ警察が来ます。そしたら、この店にいる全員が事情聴取を受けると思うんですよ。その時に上手く話せるよう、互いに確認しておけばスムーズに進むじゃないですか」
高松の言葉は、全くの詭弁というわけでもなかった。話をすることで冷静に考えられることもある。
明らかに学生だとわかる高松が、他人を気遣う発言をしたことで、中年男性と眼鏡の女性は自分の意見を飲み込んだ。二人の表情からは若人への配慮が感じられる。
この機を逃すわけにはいかないと、高松は質問を開始した。
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