第34話 物騒な言葉


 阿部新川駅まで薔薇子を送り、菊川警部の運転するパトカーに乗り込んでからのことだ。


「怪我大丈夫か、駿。これじゃあ茉莉花(まつりか)に怒られちまうな」


 車を走らせながら菊川警部が言う。茉莉花は菊川警部の元妻であり、高松の母だ。

 菊川警部が躊躇いなく茉莉花の名前を出したことに違和感を覚え、高松は首を傾げる。


「父さん、もしかして母さんと連絡取ってるの?」

「まぁ、たまにな」

「そうなんだ。俺はてっきり・・・・・・ほら、母さんから父さんの名前を聞くこともなかったし、父さんとも六年間会ってなかったからさ」


 六年前、まだ小学生だった高松は両親が離婚した理由を知らなかった。漠然とした離婚へのイメージから、仲違いしたのではないかと思い、自分から母親に聞くこともしない。

 だが、見当違いだったようだ。


「色々あるんだよ、色々な。その分、駿には辛い思いをさせて申し訳ないとも思ってるが」

「別に辛い思いはしてないよ。それなりに楽しく暮らしてる」

「そうか、それなら良かった」


 長らく会っていなかった父と子の会話は、そうそう弾むものでもない。言葉にできない複雑な沈黙が車内に充満する。

 気まずさに耐えきれなくなり、高松の方から話を振った。


「そういえば、薔薇子さんって何者なの? 何度か会ってるんだよね、父さん」

「ん? ああ、現場でな。どうやって嗅ぎつけてくるのか、阿部市内で大きな事件があると現れる。ふらっとな」

「そんな、餌を求める猫みたいに。じゃあ、薔薇子さんは事件現場に現れて、今回みたいに解決していくんだ? でも普通、関係ない人が現場に現れても、入れないよね。薔薇子さんを特別扱いしてたようにも見えたし」


 高松が問いかけると、菊川警部はウインカーを出しながら困ったように鼻の頭を掻く。


「いや、まぁ、最初から事件の関係者であることもある、今回みたいにな。迅速な事件解決にもつながるし、特別扱いといえば特別扱いか」


 それだけではない。高松は父親の言葉からそう悟った。


「警察に特別扱いされる探偵かぁ。映画か漫画みたいだ。けど、そんなにすごい探偵なら、もっと都会でした方がいいんじゃないのかな。こんな街じゃ、そうそう事件も起きないでしょ」

「こんな街でも事件はある。それに・・・・・・」


 菊川警部は何かを言いかけてやめる。父親が意図的にした隠し事が気になり、高松は聞き返した。


「それに、何?」

「いや、本人が話さないことを私から話すわけにはいかないだろ。気になるなら王隠堂さんに聞いてみればいい。連絡先を交換したんだろ?」

「連絡先?」

「貸してただろ、千円。返してもらうのに、連絡先の交換はしてるだろ?」

「あ・・・・・・」


 そういえばしていない、と高松は流れていく夜の景色を見ながら、情けない声を漏らす。

 息子の無計画さに呆れながらも菊川警部は、ぎこちない微笑を浮かべた。


「まぁ王隠堂さんならなんとかするんじゃないか」

「なんとかって?」

「その内わかる」


 六年ぶりに会った親子の会話はそこで終わり、高松が母親と二人で住むアパートに到着する。

 菊川警部は現場に戻らなければならないから、と茉莉花に会うことなく、阿部新川駅の方に戻って行った。

 その後、大袈裟に心配する母親へ事件の説明をしてから、高松は夜を終えるべくベッドに入る。どうしても頭から『薔薇子』のことが離れなかったので、せめて彼女の口から出た作家の名前をインターネットで検索しようとしたが、お手軽に薔薇子のプライバシーを暴くように思え、できなかった。

 その時からずっと抱えていた疑問。アルバイトに集中できないそんな疑問を、片桐にぶつけてみたのである。


「高松くんも遂に小説を読み始めるのかな? 雲雀山 春宵から入るのは、悪くないセンスだね。でもどうして雲雀山 春宵なの?」


 そう片桐に問いかけられた高松は、返答に迷う。事件のことも薔薇子のことも、気軽に話すわけにはいかない。たとえ信頼する片桐相手でも、だ。


「えっと、最近名前を聞いたから、ちょっと気になって」

「ああ、事件の話でも聞いたのかな」

「事件?」


 ちょうど『昨夜の事件』のことを頭に浮かべていた高松は、心臓を突かれたように驚きながら聞き返す。

 いつ聞いても『事件』なんて言葉は物騒だ。

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