第32話 一輪の薔薇
待っている間、薔薇子と二人きりになった高松は、気になっていることを問いかけてみる。
「薔薇子さん、犯人が使ったトリックはエレベーターの動きと連動していますよね。昇降機等検査員でしたっけ。その人も共犯って可能性はないんですか?」
「ない。確かに被害者が落下したのは、検査を終えた検査員がエレベーターを動かしたからだよ。十階から一階にね。けれど、大人が二人共謀しているのなら、非常階段にキャリーケースの跡はつかない。二人で持ち上げれば、証拠を一つ消すことができる。そうしなかったのは、単独犯だからだ。もちろん、検査員は飯島くんの知り合いだろうけどね。まぁ、その辺も含め、残りは警察が調べるさ」
薔薇子の話は納得に足るものだった。これで事件に関して、高松の中に疑問は残っていない。薔薇子の言うように、動機なんてものを聞いたところで納得できないだろう。
続いて高松は、薔薇子に関して残る疑問を言葉にした。
「あの、薔薇子さんはどうして探偵をしているんですか?」
「仕事さ」
彼女は淡々と答える。
「仕事? 警察から協力金みたいなものをもらっているんですか?」
「捜査協力費が貰える場合もあるけれど、毎回じゃない。仕事の本来の意味は『しなければならないこと』だ。収入を得るために働くだけが仕事じゃないよ、高松くん」
だったらどうして探偵をしているのか。高松は追加でそう問いかけたかったが、わざと薔薇子が話をはぐらかしているような気がして、そこでやめてしまった。
仕方なく話を変える。
「さっき、犯人に聞いていた雲雀山 春宵って誰なんですか?」
「作家だよ。さっき、飯島くんが答えていただろう」
「作家・・・・・・薔薇子さんはどうしてその作家のことを?」
「何だい、高松くん。薔薇子さんに興味津々じゃあないか。照れるぜ」
またはぐらかされてしまった。こうなると、追求しても無駄だろうと高松は思う。
そんな話をしていると、菊川警部が高松たちの近くに戻ってきた。
「待たせてしまったな、二人とも送っていこう。パトカーで良ければだが」
菊川警部がそう言うと、薔薇子は首を横に振る。
「いや、遠慮しておくよ。私には約束があるからね」
「約束?」と聞き返す菊川警部。
「ああ、高松くんから電車賃を借りる約束をしているんだ。事件解決を急いだおかげで、まだ電車がある。私はそれで帰るよ」
途中から薔薇子が話の速度を上げたのは、電車で帰るためだったのか、と高松は妙に納得してしまった。自分のために行動するという動機は、これ以上ないほど彼女に相応しい。
「じゃあ高松くん、千円を借りてもいいかな?」
確かに約束していたことなので、断る理由はない。金銭の貸し借りを警察官である父親に見られていること以外には。
「は、はい」
高松は上着のポケットから財布を取り出し、千円札を薔薇子に手渡す。彼女は満足そうに千円札を受け取り、両手で持った。
「心配しなくても、私は借りを必ず返す。そういう性分なんだ」
自分の息子から金を借りた薔薇子に対し、菊川警部は複雑な視線を向ける。
「電車賃くらい、私が出すが」
「いや、いい。高松くんが良い。私は高松くんが良いんだ」
単純に電車賃が必要なだけならば、金の出所はどこでもいいはずだ。けれど薔薇子は、高松が良いと譲らない。たったそれだけなのに、高松は不思議な嬉しさを感じていた。
この夜のことを高松は、そうそう忘れないだろう。強烈な事件の記憶と、それを霞ませるほど美しく咲き誇った薔薇子の存在。出会い。父親との再会。解消されなかった薔薇子への疑問。
菊川警部に先導され、ホテルの下へ降りている最中も、高松の心の中では一輪の薔薇が怪しく輝き続けていた。
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