第28話 犯人のミス
「これをご覧よ、この金具の端」
薔薇子は全員に見えるよう、デジカメを掲げる。
確かに違和感がある。常時雨風に晒されているものだが、その位置だけ明らかに摩耗していた。それも、どこかで見たような跡に似ている。
最初に感想を述べたのは竹内刑事だった。
「こんなに電線をはっきり見たのは、初めてかもしれないです。これがどうしたんですか?」
彼が話すと薔薇子は呆れる。その流れはもう出来上がってしまったらしい。
「竹内刑事。キミは普段、何を見て歩いているんだい? 道端に咲いている花でも探しているのか? 素敵だな」
「褒められた」
部下の無邪気な能天気さに菊川刑事はため息が漏れる。
「褒められてない。どこに目をつけているのか、と言われていると思え。王隠堂さんが言いたいのは、電線の摩耗だ。それも、柵にあったロープ痕によく似た摩耗。詳しく調べれば、何が擦れたのかわかるだろう。頼まれていた高所作業車は、これを調べるためだったんだな。安全帯と足場材は、高所作業車の代わりか」
「どういうことですか?」
「いいか、竹内。王隠堂さんは最初から、犯人が引込線のこの部分にロープを経由させたと気づいていたんだ。その確証を得るために高所作業車を。それが無理だとわかれば、安全帯と足場材を持ってくるように言った。柵に安全帯を取り付け、足場材を全員で押さえておけば、お前が引込線に届くだろう」
「つまり、僕が電線を調べるってことだったんですか? そんな危ない状況で?」
「そうだろ、王隠堂さん」
ようやく自分の考えが通じたことに満足感を覚え、薔薇子は嬉しそうに頷く。
「最初から私はそう言っているよ。竹内刑事には相応しい仕事だからね」
「僕、期待されてる」と言う竹内に菊川警部は「されていない」と一蹴する。
ロープは引込線を経由してから、被害者の体を通って柵に結ばれていた。それによってどうなるのか。薔薇子が説明を追加する。
「屋上から外側に位置する引込線。ロープがそこを経由したことにより、被害者の体は外へと放り出される。振り子のようにね。ちなみに、ロープと被害者は強度の低い糸で結ばれていた。引込線方向に引っ張られた被害者の体重で糸は切れ、ブランコから飛ぶ小学生のように、離れた場所に着地。それだけのことさ。ああ、そうだ。菊川警部、ロープに糸の切れ端が付着していたんじゃないかな?」
「確かにロープの端から一メートルの位置に、結ばれたが糸が付着していた」
「それも大切な証拠品だから、逃さないように」
薔薇子は菊川刑事に忠告をしてから、飯島に視線を移す。
「どうかな、飯島くん。何か指摘をしたいことがあれば、聞こうじゃないか」
「く・・・・・・た、確かに、トリックの筋は通っているのかもしれない。だが、それを私がやったという証拠はない!」
「諦めが悪いな、キミは。大して面白くもない事件だったから、早く終わらせたいんだけどね。仕方ない、決定打でとどめをさしてあげよう」
「決定打だと?」
焦りなのか苛立ちなのか、表情筋を痙攣させる飯島。宣言通り薔薇子は、彼の言い逃れを終わらせるため、言葉の刃を振り翳す。
「そもそもこのトリックを使える人間とは誰だろうか? 当然、エレベーターを検査する昇降機等検査員を自由に動かせる者だ。その予定を変えられるほどの者でなければ、トリックを始めることすらできない。また、終わらせることもできない。そして、犯人自身もエレベーターの構造に詳しい必要がある。飯島くん、キミが勤めている会社は、福岡県にある『小早川ビルシステム』だ。エレベーターの施工から点検まで請け負っている、大きな会社だね。良いところにお勤めだ。そしてキミは、エレベーターの点検と部品交換を請け負う部署の部長。ああ、確認なら福岡県警察が済ませているよ」
薔薇子の推理を聞きながら高松は、先ほど竹内刑事にかかってきていた電話を思い出す。それに対して薔薇子は『イエスかノーか』と問いかけていた。おそらくこれについての話なのだろう。
彼女の言葉はまだ続く。
「まぁ、これは決定的な証拠ではない。ただ、キミが怪しいのは確かだ。さらに怪しさを増すのはキミの嘘」
「私の嘘?」
怪訝な顔で飯島が聞き返した。
「ああ、キミは警察にも高松くんにもこう語っている。『電車を降り駅から出てすぐに人が落ちてきた』とね。そんなはずはないんだよ」
「な、何を言っている。事件発生は、午後八時を少し過ぎたところだったろうが。午後八時ちょうどに、福岡方面から阿部新川駅に着く電車がある。それに乗っていたんだ。これのどこに嘘がある!」
得意げに言い放つ飯島だったが、彼以外の誰もが腑に落ちないと言わんばかりに目を細める。
「なんだ? どうしたんだ。私は何かおかしなことを言ったか?」
飯島は薔薇子だけではなく、全員に問いかけた。彼は本当に何もわかっていないらしい。自分の犯した『ミス』について、全く心当たりがなかった。
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