第27話 引込線
そう薔薇子に言われた飯島は、血の気が失せ、質の悪い和紙のようになった顔で喉の奥から声を出す。
「ど、どうして私に聞く。犯人じゃないと言っているだろう! 確かに、痕跡とアンタの妄想は一致している。仮にそのトリックが本当に使われていたとして、犯人が私である理由は・・・・・・」
彼の目は、活きのいい魚のごとく右往左往していた。なんとかしてこの場を乗り切らなければならない、と必死になっているのが透けて見える。追い詰められた飯島は、冷や汗を流しながら反撃の一手を探していた。
「いや、待て、アンタの妄想は矛盾しているぞ。被害者の落下位置は、柵の真下から二メートル以上離れているとそこの刑事が言っていた。もしもロープで固定されていたのなら、解けた時に被害者は真下に落下する。推理が破綻していないか?」
飯島はここぞとばかりに、推理の矛盾点を指摘する。
苦し紛れの言葉だったが、あながち間違ってもいない。彼の言うように、薔薇子の推理では被害者の落下位置に説明がつかない。
決定的な矛盾といってもいいだろう。なのに、薔薇子は表情を崩すことなく、再び両手で兎の耳を表現した。
「ウサギがアリスに案内してくれている。ありがたく、ついていこうか」
「薔薇子さん、気に入ったんですか、ウサギ」
「何を言っているんだ、高松くん。可愛い私が可愛いことをしているんだから、喜ぶべきところだよ。こういうのは好みじゃないかい?」
「こんな場所で、自分の好みについて話はしませんよ」
「なんだ、意外と堅物だな、高松くんは」
残念さを示すため、薔薇子は兎の耳を折って見せる。
正直高松は、自分に背中を密着させ可愛らしい動きと表情をする薔薇子から目を離せない。けれど、ここは事件現場だ。
「ら、落下位置の矛盾について、聞かれてますよ」
そう高松は話を進めるよう促す。不満そうな表情を浮かべながらも、薔薇子は『矛盾』について説明する。
「誰も彼も、首の上に乗っけているものは飾りなのかい? 少しくらい自分で考えてみるべきだ。あらゆる可能性を考慮し、証明を繰り返していけば、必ず答えに辿り着く。トライアンドエラーは物事の基本だよ。そして『これ』以外に答えはない」
「これ?」
「もう私は答えを出しているよ、高松くん」
どこにそんな答えがあったのか、高松には見当もつかない。けれど薔薇子が言うのなら、すでに答えは出ているのだろう。意味のない嘘をつくような人ではないはずだ。
なんとか答えに辿り着こうと思考するが、すぐには思いつかない。
そんな二人のやり取りを遮断するように、飯島が声を張り上げる。
「自分の間違いを認められないだけだろ! 矛盾点を指摘され、どうしていいかわからないから、それらしいことを言って時間を稼いでいる。そうなんだろ」
「失礼だな、飯島くん。言葉には他人への配慮を含めるべきだ。それじゃあ、私の推理が間違っていて、手詰まりになっているけれど、間違いを認めたくないから誤魔化している、と言っているように聞こえるよ?」
「だからそう言っている!」
「中々面白いことを言うね、飯島くん。お粗末なマジックが趣味かと思えば、ジョークのセンスは悪くないじゃないか。羨ましいよ、私にはジョークのセンスが欠落しているからね。私が吐く言葉は全て真実だ。言った通り、すでに答えは出している」
薔薇子は飯島にそう答えると、菊川警部に指を向けた。
「菊川警部、先ほどキミはデジタルカメラを持っていたね。それにはズーム機能が搭載されているかい?」
「あ、ああ」
突然、話が回ってきた菊川警部はデジカメを取り出しながら答える。
「画素数は?」
「そこまでは知らない。だが、現場用の官品だ。証拠を撮るために支給されている。画素数もそれほど悪くはないはずだ」
「キミは『はず』とか『だと』とか、物事を確定させない物言いが好きだな。まぁいい。そのデジカメで、あれを撮ってくれ」
続いて薔薇子が指し示したのは、屋上から電柱に繋がる一本の線であった。彼女の指にリンクして視線を動かした高松は、自然と首を傾げる。
「あれは・・・・・・電線?」
「そうだよ、高松くん。正確には『引込線』だが。発電所で作られた電気は超高圧変電所、一次変電所、二次変電所、配電用変電所を経て、電柱を通り引込線でホテルに流れ込んでくる。住居にもオフィスにも、引込線は存在しているものだよ。犯人はトリックにそれを使ったのさ。ともかく菊川警部、写真を」
指示を受けた菊川警部は、言われるままに写真を撮り、デジカメを薔薇子に手渡した。
「王隠堂さん、これでいいのか?」
「ああ、悪くないね。今度、カメラマンの求人を探しておいてあげよう」
「結構だ」
ジャブのような会話を済ませると、薔薇子は写真を拡大する。拡大した箇所は、引込線の途中についている金具。もちろん高松に正式名称などわかるはずがなく、金具は金具だった。
何らかの役目を持った金具だろうが、大切なのはそこではない。
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