第26話 起承転結
「それじゃあロープは、まだ『犯人が設置した場所』にあるってことですか?」
「最初からそう言っているよ、私は。そして、それは既に菊川警部が回収している。ロープの端が結んであったのは、あそこの中」
彼女が指し示したのは、屋上に上がってきたばかりの高松が興味を示していた『巻き取り室』である。
「あれって確か、エレベーターを上下させるワイヤーを巻き取るための部屋、ですよね」
薔薇子から教えてもらった知識を、そのまま口にする高松。
「そう、大抵の人は文字を読めるし、文字を読めばわかるね。あれは巻取り室だ。もっと分かりやすく言えば、人が乗る箱部分を上下させるための機械が設置されていて、ホテルの一階まで繋がっているのさ。箱が移動するため、吹き抜けになっている。そしてロープの端は、箱の下部に結ばれていた・・・・・・そうだね、菊川警部」
問いかけられた菊川警部は、ポケットからデジカメを取り出すと、一枚の画像を表示して飯島の方に向ける。
「ロープ自体は証拠品として押収しているため画像になるが、このようにエレベーター搭乗部の金具に、ロープが結ばれていた。このロープはその辺のホームセンターでも買えるようなものだ。丈夫なもので、耐荷重は一トンを超える」
デジカメの小さな画面には、無機質な金具とそれに結ばれているロープが表示されていた。どうにも手慣れているような結び方で、明らかに堅牢だとわかる。
菊川警部はさらに言葉を続けた。
「これは『もやい結び』と呼ばれる結び方で、大きな力に耐える強度を持っている。主に船舶関係の諸作業や、建設現場で使われている結び方だ」
「このように」
と薔薇子が話を引き継ぐ。
「犯人は『半自動的』とも『時限式』ともいえる、トリックの起点を作った」
「起点?」
「そう、起点だよ、高松くん。物語に起承転結があるように、トリックにも起承転結がある。どんなものにも物語は宿るのさ。『承』ではエレベーターを最上階に固定する。どのように? 簡単だ。エレベーターには年に一回の定期検査が義務付けられている」
自分の手でエレベーターを表現しながら話す薔薇子から、誰も目が離せない。
「それ以外にも月一回の保守点検が推奨されていてね、検査は資格を持った昇降機等検査員が行う。こういったホテルでは、推奨されている頻度で行っているものだよ。宿泊客の命を預かるのだから、当然と言えば当然だね。もちろん、点検時はエレベーターを停止させる。宿泊客に多少の不便をかけるが、安全には代えられない。点検のタイミングを利用すれば、ロープを仕掛けることも、その先のトリックを作ることも難しくはない」
着々と薔薇子が推理を披露する中、竹内刑事が「あ!」と声を上げた。何かに気づいたような彼に、視線が集中する。
「先ほど警部からの指示でホテル責任者に聴取をしたんですけど、ちょうど本日十九時からエレベーターの定期点検があったそうです」
竹内の報告に、薔薇子は顔を顰めた。
「私の指示だよ。そろそろ竹内刑事は、上司に期待しすぎるのをやめた方がいい。それで、ホテルの責任者は他にも何か言っていなかったかな?」
「他にも・・・・・・あ、そうだ、元々点検は来週だったんですけど、検査員の都合が合わないと言われ、突然今日になったとか」
「大切な情報はそれだよ、竹内刑事。それくらい、わざわざ聞かなかくても答えてほしいものだね。今からアルバイト求人情報誌を取りに行った方がいい」
「戦力外通告が早まった」
肩を落とす竹内刑事を視界から外して、人の目を惹く探偵は推理の披露を続ける。
「以上が『承』だ。エレベーターを最上階で固定し、ロープを屋上まで引っ張る。そして『転』。犯人はロープを巻取り室から、柵の外に立たせている被害者の体に伸ばし、そのままロープを利用して柵に固定。結び目は強く引っ張ると解けるよう細工をしてね。被害者の着ていたスーツの右袖から左袖に向けてロープを通しておけば、柵とロープに抱き抱えられる形になり、被害者に意識がなくとも落下することはない」
薔薇子の指は、被害者が居ただろう位置に向けられていた。爪とロープの跡が、痛々しいほどに薔薇子の説を想像させる。被害者の体と柵を繋ぐロープ。それが解かれた時、被害者の体は空中に投げ出された。重力に従い地上へと、凄まじい速度で向かう。人間の体はその衝突に耐えられるようには出来ていない。何もできず被害者は絶命した。
何の痕跡もなければ、全て薔薇子の妄想だと笑い飛ばせるだろう。しかし、爪痕とロープの存在が、彼女の推理を後押ししていた。証拠が物語に現実味を持たせている。
「もう『結』はわかるだろう? エレベーターが下降することでロープが解け、被害者の人生と共に、この物語は幕をとじる。自殺に見せかけるため、被害者から靴を脱がしたみたいだけれど、被害者が落ちる向きにまで気が回らなかったようだね。これが犯人のお粗末なトリックだよ。何か間違いがあれば、指摘してくれるかい、飯島くん」
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