第24話 アリバイ工作
そんな二人のことなど意に介さず、薔薇子は飯島に視線を戻した。
「すまないね、飯島くん。こちらの不手際でロープの話は後回しだ。ああ、こちらというのは私たちではない。こちらの方々、という意味だよ」
そう話す薔薇子の左手は、菊川警部と竹内刑事の方を向いている。これも彼女の正しい認識だ。
薔薇子の言葉を聞いていた飯島は、今にも何かを言い返そうと眉間に皺を寄せる。そんな気配を察した高松は、言葉の間を埋めるよう咄嗟に声を上げた。
「あ、あの! えっと、ロープの話が後回しなら、何の話をするんですか? さっき言っていた安全帯が届くまで、待ってるとか?」
彼なりに気を遣ったつもりだったが、細かな配慮など薔薇子には伝わらない。
「高松くん、二度目の問いになるが、キミはもしかして馬鹿なのかい? 事件の話をするに決まっているじゃあないか。実はロープの話なんてものは、数ある証拠の一つに過ぎない」
自信ではなく確信。どこまでも薔薇子は、それが当然であるかのように語る。もはや高松は『薔薇子らしい』とさえ思い始めていた。
ちょうどその時、菊川警部の電話は終わったらしく、彼が薔薇子に声をかける。
「王隠堂さん、安全帯と足場材の用意はすぐにできるそうだ。三十分もかからない」
「三十分もかかる、だよ。まぁ、いいさ。話を進めよう」
事件の真相に向け、話を進められるようになった途端、すぐに邪魔が入る。邪魔をしたのは、またしても飯島だった。
「三十分だと? 私だって暇じゃない、帰らせてくれ」
彼の立場からすると、この場に居たくないのも無理はない。警察でもない若い女性に犯人扱いされ、何故か警察はそれを止めない。普通に考えれば異常な状況である。
その上、飯島と屋上から降りる階段との直線上に、菊川警部と竹内刑事。その背後には制服警察官が二人立っている。直接言葉にしているわけではないが、飯島を帰さないという意思が見てとれた。そしてそれは、飯島にも伝わっている。
「お、おい、聞いているのか」
震えそうな声で飯島は菊川警部に言う。すると菊川警部は後頭部を掻きながら、口の端を緩ませぎこちない微笑みを浮かべた。とってつけたような表情である。
「まぁまぁ飯島さん。子ども・・・・・・あ、いや、若い女の子とはいえ、犯人扱いされたままじゃあ、飯島さんだって気持ち悪くて仕方ないでしょうよ。もちろん、警察は証拠のない話を間に受けることはしません。これはあくまでも『第一発見者の証言』です。こうして第一発見者である三人から話を聞いているだけ。もう少しだけ捜査協力をお願いしますよ」
薔薇子に最大限気を遣った菊川の言葉には、飯島に対しての『やましいことがないなら問題ないだろう』というニュアンスが込められていた。
こうなると飯島は再び黙るしかない。今、帰宅を強行すると『逃亡』にしか見えなくなる。奥歯を噛み締めて黙った飯島に向け、薔薇子は語りを再開した。
「聞くに耐えない言い合いは終わったかな? 何度も邪魔が入り、中々話が進まない。困ったものだね。ここから先は、ご静聴を願うよ」
一呼吸置いてから彼女は、左手を広げ演説でもするような動きで話を続ける。
「アリバイ工作の証明については、都合上三十分後になる。ここで生まれる疑問は『誰がアリバイ工作をしたか』だ。高松くん、キミは誰がアリバイ工作をしたと思う?」
「え、誰がって、犯人じゃないですか」
そう答える高松の視線は、自然と飯島に向かっていた。
どうやら高松の答えは、薔薇子の求めていたものではないらしく、彼女は首を横に振る。
「そうじゃないよ、高松くん。犯人がアリバイ工作をした、なんて当たり前が天を貫くような話をしてはいない。いいかい? アリバイ工作が必要なのは、被害者が落下した瞬間、屋上にいなかった人物だ。絶対疑われない場所にいて、そこにいたと確実に証明される者。そう、例えば、ホテルの下にいて大声で周囲の注意を集めた者とかね」
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