第21話 散った花弁

 高松の違和感を置いて、通話を続けた竹内は「わかりました、伝えます」と電話を切った。その瞬間、黙っていた薔薇子が口を開く。


「やあやあ、竹内刑事。今の電話は福岡県警察からだね? 答えはイエスかノー。どっちだい?」

「え?」


 唐突に問いかけられた竹内は、携帯電話を胸ポケットに戻す途中で停止する。薔薇子の言葉に対して『どうしてわかったんだ』と言いたかった竹内だが、それよりも先に二者択一を迫られてしまった。

 自分の部下が驚き、硬直している様を見た菊川警部。彼は即座に竹内へ声をかけた。


「どうして、なんて疑問は王隠堂さんに投げかけても無駄だ。いいから、答えてやれ。福岡県警の答えは?」

「あ、えっと、イエスです」


 竹内の口から『福岡県警察の答え』を聞いた薔薇子は、満足そうに頬を緩ませてから飯島に視線を戻す。


「さてさて、飯島くん」

「な、なんだよ!」

「大変長らくお待たせしてしまったね。今からキミに言葉の花束を贈るよ。棺を飾る最後の花束だ。花束の中央にはありきたりだけれど、強烈な一輪を」

「一体、何を言っているんだ?」


 時折、薔薇子の口から出る言葉は例えの割合が強すぎて、伝わりづらいことがある。今の言葉は、まさしく伝わりづらい例えだった。

 飯島は首の可動だけで顔を前に出し、不快そうに疑問を呈する。

 すると薔薇子は、薄い笑みを浮かべ、呼吸でもするかのような自然さでこう言い放った。


「犯人はキミだ。飯島くん」


 彼女の声は冷酷なようにも、激情に身を任せているようにも聞こえる。

 それは受け取り方次第なのだろう。犯人であると宣告された飯島は、心臓を冷たい氷でなぞられているように感じ、高松は今にも薔薇子が純粋な笑みで飛び跳ねそうだと感じた。

 その瞬間、高松はようやく状況を察する。

 薔薇子の見つけた真実は『飯島が犯人であること』で、犯人を追い詰めるためにこの場を用意した。犯行の現場である阿部新川ホテルの屋上を。

 そして棘を持つ美しい義足の探偵は、たった今、チェックメイトのコールをしたのだ。

 けれど、荊棘に絡まれた敵のキングは抵抗を見せる。はいそうですか、と負けは認めない。生き残るために、必死で抗うものだ。


「何度も何度もふざけるな! ほら、私を犯人扱いするじゃないか! だからこうして反論しているんだ。私はただの第一発見者で、善意をもって警察に通報したんだぞ」


 飯島が叫ぶと、薔薇子は高松の肩に体重をかけて一歩前に出る。


「善意? それは違うな。キミは恐れたのさ。自分の目が届かないところで、事件の捜査が進み、いつか自分の両手に手錠をかけられるかもしれない、と恐れた。怯えて過ごす日々を恐れたんだろう? 最初から関係者になっておけば、捜査を撹乱できる。事件を自殺として処理させられる可能性だってある。事実、警察が自殺として処理した可能性もあるしね。決定的な証拠がなければ、疑わしかろうと逮捕、起訴できないのがこの国だ。起訴された事件の有罪率が高いことは有名だけれど、裏を返せば有罪にできる確証がなければ起訴しないってことさ」

「私が犯人だから、第一発見者として通報したって言うのか? 捜査状況を知り、捜査の手から逃れるために。どう考えても、その場から逃げた方が早いだろう。無関係になれば、恐れる必要もない」

「どうかな? 現場の証拠を消す時間が充分でなかった場合、関係者となって痕跡に正当性を持たせた方が早い。落ちている髪の毛は、事件後に落としたものだ、とかね。事実、結構多いのさ。事件を起こして逃げない者はね。創作物にありがちな『犯人はこの中にいる』ってのは、実際現実味のある台詞だよ。犯人は現場に戻ってくる、とも言うしね」


 自分の言葉を一蹴された飯島は、頬をピクピクとさせ感情の揺らぎを隠せないまま言い返す。


「そこまで言うのなら、私が犯人である証拠はあるんだろうな! こんなもの名誉毀損どころの話ではない。この話が終われば、十年かけても払いきれないほどの賠償金を請求してやる」


 ありがちな言葉だ。重いリスクを突きつけることで、相手の言動を制御しようとする。『責任は取れるんだろうな』と恫喝する大人のように、『それ命かけられる?』と相手の言葉を偽り扱いする子どものように。要するに幼稚な手法だ。

 当然ながら薔薇子に、そんなもの通じるわけがない。 

 むしろ彼女は、呆れた表情を浮かべていた。


「その程度の覚悟で話をしてるのかい? 随分、安いチップだね。たかだか十年程度の収入で私の言葉を止められるはずがない。元々、私は自分の命を懸けて探偵をしている。私の推理が間違っていれば、この柵を越えて夜空を飛んでみせよう。散った花弁のようにね」

「薔薇子さん」

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